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.国際  投稿日:2019/8/7

強気の訳はトランプの後ろ盾 英ジョンソン新首相を占う(下)


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・ジョンソン首相は政策実現性そっちのけで「英国のトランプ」と称される。

・混乱必至の「合意なき離脱」も辞さず。強気の背景に米国の離脱支持。

・ブレグジットは成功しないだろう。一方で、米英首脳の突破力は侮れず。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47257でお読みください。】

 

英国のボリス・ジョンソン新首相は、その容貌と言動から、「英国のトランプ」などと呼ばれている。

そのせいか、「期限の10月末までに必ず離脱を実現する。〈たら〉〈れば〉はない」などという就任直後の議会演説に対しても、「メキシコとの国境に壁を建設し、費用はメキシコに支払わせる」という、あの公約と同一視する向きが少なくないようだ。移民に対する反感を自分への支持に結びつけるべく、実現性などそっちのけで派手な「政策」をぶち上げた、と見られているらしい。

私はむしろ、合意なき離脱を強行した場合にもっとも懸念される、アイルランド共和国と北アイルランドとの国境問題に関して、「私が全責任を持つ。私が安全策だ」と言い切ったことの方が気になった。米軍基地の問題に関して、本当は具体案など持ち合わせていなかったのに、大統領には、「プリーズ・トラスト・ミー(私を信用して下さい)」などと言った結果、末代までの恥をさらした、どこかの元首相を彷彿させるではないか。

今さらそんな話をしても詮ないことだが、今次のブレグジット騒動は、「英国EU、そして米国を交えた〈三国志〉の様相を呈しつつある」という点は、しっかり見ておかねばならない。話の順序として、どうして英国の政治家の多くが「合意なき離脱」だけは避けるべきだと考えているのか、という点を復習してみよう。

英国はEUの一員であればこそ、様々な物品を関税なしで輸出入できている。その立場を突然失うことになり、英国経済に深刻な打撃を与えることが懸念されているわけだ。

▲写真 ロンドンの食料品店。ブレグジットは庶民の台所を直撃する可能性がある。出典:flickr; Lisa Picard

まず、ポンドは間違いなく暴落する。ポンド安は輸出産業や観光産業には、むしろ追い風だと見る向きも絶無ではないようだが、あいにく今や英国は「世界の工場」ではなく、外国企業への依存度が極めて高い。日産やホンダの車を英国内の工場で生産し、これは英国車である、として関税なしでEU諸国に輸出してきたのが、典型的な例だと言える。

金融市場においても、平日(2019年10月31日は木曜日だ)に、今日を限りにEUとは無関係です、といった事態が起きた場合、その混乱の規模たるや、「想像つかないのではなく、考えたくもないのが本音だ」

とは、イングランド銀行幹部のコメントである。

百歩、いや五百歩ほど譲って、観光産業などには好影響が期待できる、としよう。実際に円高ポンド安は、日本人観光客にとっては福音だろう。しかしながら、英国内のスーパーで売られている野菜や食肉は、多くが南欧や中南米からの輸入品だという事実を見落とすべきではない。ポンド安はこうした食材の値上がりに直結し、庶民の台所を直撃するだろう。いつの時代、どこの国でも、国際社会で軋轢が起きたら、最大の被害者となるのは立場の弱い人たちなのだ。

しかし、こうしたことを踏まえてなお、ジョンソン新首相は強気の姿勢を崩していない。その理由は、米国トランプ政権がEUからの離脱を強く支持しているからだ。

▲写真 ドナルド・トランプ米大統領。出典:Donald J. Trump facebook

もともとあの大統領は、EUをあまりよく思っていない。ヨーロッパの歴史や統合思想についての知識など皆無で、「アメリカ合衆国のおかげで、少ない軍事費負担でソ連の侵攻を防ぐことができたのに、冷戦が終わったとたんに閉鎖的な単一市場を創り出した」という、米国内の保守的、あるいは右翼的な層がとなえる世界観を鵜呑みにしているのだと思う。

EUが、ジョンソン新首相の登場に対して、打てば響くように「離脱の条件について,再交渉の余地などない」とコメントしたことはすでに述べたが、トランプ政権は、これまた打てば響くように、「合意なき離脱となった場合、米英は新たな貿易協定を締結するであろう」と述べている。新首相が得々としてマスコミ発表したことは、言うまでもない。

とどのつまり、トランプ政権が自身の強力な後ろ盾となっている以上、「EUがなくとも米国と英連邦がある」と言い張ることが可能なのだ。

たしかに、合意なき離脱となった場合、経済的混乱は避けられないとしても、それが破滅的な規模にまでなるとは断言できない。むしろEUの側が大きなリスクを背負うかも知れないということは、メイ前首相の辞意表明についての記事の中で、すでに述べた。

現状で夏休み明けまで推移した場合、秋の解散・総選挙を経ることなく合意なき離脱に至る、という流れはきわめて考えにくいが、私が、旧知の英国人ジャーナリストらから仕入れた情報を信ずるなら、「ジョンソン新首相はそこまで読み切っている」というのが、今やかの国の政治ジャーナリストの間で支配的になりつつあるようだ。

新首相の立場で考えてみよう。2016年の国民投票の結果から見ても、今次の保守党党首選挙の結果から見ても、風は明らかに「合意なき離脱も可とする」方に吹いているではないか。優柔不断の誹りを免れ得なかったメイ前首相と違い、自分は不退転のリーダーなのだとアピールしつつ、ブレグジット党(旧・英国独立党が、保守党を離れた強硬離脱派を糾合して、新たに旗揚げした)とも連携して総選挙に臨んだならば、勝機はある。これが(本稿の〈上〉で述べた通り)、事実上、再度の国民投票になったとしても、またしても離脱派が勝つのではないか。

もちろん、残留派が勝ってジョンソン首相が退陣に追い込まれる可能性もあるわけだが、私がそれを「五分五分よりもやや高い確率」と述べた理由も、これでお分かりだろう。ブレグジットは基本的に、歴史の歯車を逆転させようと試みる行為であり、成功しないだろうと私は考えるが、トランプ・ジョンソン枢軸の突破力も、なかなか侮りがたいと、同時に考えるのである。

の続き。全2回)

トップ写真:ボリス・ジョンソン英首相 出典:Boris Johnson facebook


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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