スマトラゾウ、インドネシアで死骸
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・絶滅危惧種のスマトラゾウの死骸が相次いで発見されている。
・象牙の国際取引は原則禁止されているが需要は少なくない。
・密猟、森林火災、ペットの問題があり、対処の体制構築が急務。
インドネシアのスマトラ島にだけ生息する絶滅危惧種のスマトラゾウが最近相次いで死骸で発見され、自然保護当局と警察が死因調査と犯人捜査に乗り出す事態になっている。
インドネシア政府はスマトラゾウをはじめとする同国固有の絶滅の危機に瀕した種や希少動物の保護を従来から訴えているが、密猟者によると思われる被害は後を絶たず、動物保護団体などからは緊急の対応を政府に求める声が上がっている。
11月18日、スマトラ島リアウ州ベンカリス県にあるプランテーション内のユーカリ林で作業中の作業員が周囲に漂う異臭に気が付き捜索したところ、ゾウの死骸を発見した。
直ちに作業監督からプランテーションを経由して報告が地元自然保護局に届き、翌12日に同局担当者、ゾウの専門家、獣医など11人が現場に向かった。
現地での簡単な検死の結果、死後約1週間が経過したオスのスマトラゾウで年齢は推定40歳であることがわかった。銃弾の跡やワナにかかった形跡、縛られた様子もなく、毒殺の疑いも少ないことから死因を詳しく調べている。
死骸は頭部と鼻が切断され、象牙はなくなっていた。現場の様子から自然保護局関係者は「象牙を採取するために頭部、鼻を切断したものと思われ、間違いなく象牙密輸業者による犯行だろう」との見解を示した。
スマトラゾウに限らず、象牙は現在原則として国際取引が禁止されているが、印鑑や彫刻などの装飾品、ピアノの鍵盤、漢方薬などに使われることもあり、中国や日本での需要は少なくないという。
▲写真 象牙でできた印鑑 出典:photo by Thomas Quine
これまでのケースではスマトラ島で密猟された象牙はマラッカ海峡を海路でマレーシアやタイに密輸され、中国方面に運ばれる国際的な密売ルートがあるとされている。
■ 25歳のメスは毒殺の可能性も
11月21日には同じくスマトラ島の北端アチェ州の東アチェ県にあるアブラヤシ農園でスマトラゾウの死骸がまた発見された。
死骸は推定25歳のメスで、現場の状況を見た地元自然保護局の獣医は「毒殺された可能性がある」として解剖して胃の内容物の分析を今後実施する考えを示している。
アチェで発見されたスマトラゾウの死骸は、人間の生活圏である農園の中に入ってきていることから、密猟者による殺害の疑いとともに、農園の労働者による「駆除目的」の毒を盛ったエサによる殺害の可能性も視野に入れて捜査を進めているという。
世界自然保護基金(WWF)によるとスマトラゾウの個体数は約2400から2800頭とされているが、約1000頭に減少しているとの報告もある。
相次ぐスマトラゾウの死骸発見は自然保護当局に衝撃を与えており、警察と協力して象殺害実行者や密猟者の発見、摘発と同時に切り取られた象牙の回収に全力を挙げる方針を示している。
■ 絶滅危惧種、希少動物の宝庫
インドネシアは東西5110キロに及ぶ広大な国土を擁し、南のバリ島とロンボク島の間のロンボク海峡からカリマンタン島(マレーシア名ボルネオ島)とスラウェシ島の間のマラッカ海峡を経てフィリピンのミンダナオ島に至る生物の分布境界線「ウォーレス線」が走っている。
さらに主に淡水魚の分布ではティモール島とスラウェシ島の東側、セラム島、ハルマヘラ島の西側の海上には分布境界線の「ウェーバー線」もあり、東洋区とオーストラリア区さらにその中間のウォレシアに生息する多様で豊富な動物類がインドネシアでは確認されている。
スマトラ島のスマトラゾウ、スマトラトラ、スマトラサイ、ジャワ島のジャワサイ、ジャワヒョウ、さらに人間に最も近い類人猿とされるカリマンタン島とスマトラ島にのみ生息するオランウータンなどはいずれも絶滅危惧種に指定されている。
▲写真 スマトラのオランウータン 出典:photo by Hype TV
さらに「現代の恐竜」といわれるコモド島周辺のコモドドラゴン、世界で最も美しく華麗な鳥といわれるパプア地方の極楽鳥(チェンドラワシ)、スラウェシ島北部のタンココ自然保護区などに生息する全長約10センチと世界最小のサル「タルシウス(別名スラウェシメガネザル)」など希少動物として捕獲や売買が制限されている種も多い。
■ 密猟、森林火災、ペット
こうしたインドネシアの豊富な動物たちが直面している危機はまず、今回のスマトラゾウの象牙のような密猟者の存在である。装飾品や漢方薬、毛皮などの需要を満たすために商品は高額で取引されるため、密猟者があとを絶たず密輸入の闇ルートの存在も指摘されている。
さらにインドネシアではもはや恒例となっている農園開発のための人為的な森林火災や大規模開墾による動物の生息域の減少がある。
エサやより住みやすい環境を求めて動物たちは人間の生活圏や農園に出没することを余儀なくされ、それが住民、農民との対立から駆除に発展するケースも報告されている。
最後にインドネシア人富裕層のペット嗜好がある。かつてジャカルタ市内でオランウータンをペットとして飼育していた住民が摘発されたこともあり、絶滅危惧種や希少動物を高額で購入してペットとして飼育する趣味がいまだに残っているといわれている。
いずれも動物保護の観点からは問題であり、自然保護局や警察などによる監視、捜索そして摘発のための体制構築が急務となっている。
トップ写真:スマトラゾウ 出典:photo by Tim Willcox
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。