印尼で中国製の海中探査機?
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・インドネシアの海域で正体不明の探査機が発見。
・海中ドローンのようなこの機器は中国製との見方。
・中国潜水艦の行動に必要な海底の状況などの情報収集目的か。
南シナ海南端に位置するインドネシア領アナンバス諸島の海域で正体不明の探査用機器とみられる物体が1月19日に地元漁民によって発見されていたことが分かった。
これはインドネシアの国営アンタラ通信が伝えたもので、この物体は弾丸状で尾部にはプロペラ状のものが装着されていることから地元当局などでは海中や海底の様子を探る「海中ドローン」のような探査機器ではないか、とみているという。
さらにこの機器には中国を表すとみられる刻印があることから「中国製の探査機」との見方も強まっている。
インドネシアの海域では以前にも同じような「機器」が発見されたことがあり、インドネシア周辺海域で中国がなんらかの目的で海底や海中の様子を探査している可能性が浮上している。
■中国には戦略的価値のある海域
アナンバス諸島は、シンガポールの北東約200キロ、カリマンタン島とマレー半島の間の南シナ海の最南端に位置するインドネシア領でジャマジャ島やマタン島、シアンタン島、キアブ島などがある。
アナンバス諸島のさらに北東には同じインドネシア領のナツナ諸島がある。ナツナ諸島周辺海域では以前から中国の漁船や漁船に同行する海警局船舶、海洋調査船などがインドネシアの排他的経済水域(EEZ)への侵入を繰り返し、インドネシア海軍や海上保安機構などとの間で警告、退去要請などが続いている。
警戒を強めるインドネシアはナツナ諸島に海軍や空軍の部隊を増強したり戦闘機を配置するなどして対処している。
中国は一方的に自国の海洋権益が及ぶと主張する「九段線」とインドネシアのEEZがナツナ諸島北方海域で一部重複しているとして「2国間で話し合いによる平和的な解決を求める」と提案している。
しかしインドネシア側は「中国との間には当該海域で権益が重複する事実はなく「話し合いの余地は全くない」と拒絶して中国側が求める話し合いは一向に実現していない状況が続いている。
こうした背景があることから中国にとってナツナ諸島さらにアナンバス諸島周辺の海域は「九段線」の主張に沿った根拠を探るため、あるいは中国海軍の潜水艦の行動に必要な海底の状況や潮流、海水温などの情報収集が不可欠な戦略的海域とされている。
■中国製とみられる刻印
アンタラ通信の報道によると、アナンバス諸島シアンタン島で漁業を営むアイン氏が息子のアリエス氏と同島東部にある「パシール・プティ・ビーチ」に近い海域で操業中に海底に横たわる正体不明の物体を発見したという。
物体は全体が青色で全長は約1,5メートル、重さは約25キロとみられ、先端が尖った「弾丸状」をしており、尾部には赤い小型プロペラ状の「スクリュー」とみられるものが装着されているという。
アリ氏はアンタラ通信に対して「今までに見たこともない物体であり、何と表現していいいのかわからなかった」と話しているという。
スクリュー部分の近くには中国製を思わせる「刻印」があることから「中国製」である可能性が高いとみられている。ただ現時点では「中国製」のこの探査機とみられる機器をどの国、組織が何の目的で使用していたのかは「不明」としている。
■広範囲の海域で調査活動か
インドネシアでは以前、スラウェシ島南スラウェシ州南方に位置するセラヤール諸島のテンゴル島周辺の海域でも同じような「水中探査機」とみられる機器が発見されている。
このスラウェシ島南部の海域ではこれまで中国漁船による違法操業や海警局艦艇の行動などは報告されていない、という。
しかしインドネシア海洋当局などでは「中国製海中ドローン」によるインドネシアの広範な範囲の海域で「調査活動」が行われている可能性も否定できないとして警戒監視を強めることも検討しているという。
これまでのところ発見された「探査機らしき機器」が中国製とみられるだけであることなどから中国側の反応はないといわれている。
リアウ諸島州当局は現地に担当者を派遣してこの機器を回収し、詳しい調査を行うとしており、今後の調査でこの機器の目的を含めた性能や諸元などの詳細が明らかにされることへの期待が集まっている。
中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)のベトナムやマレーシア、フィリピンなどと南シナ海の領有権を巡って争っているが、インドネシアやミャンマーをも含めたASEAN各国との間で新型コロナウイルス対策である「中国製ワクチン」の提供という「ワクチン外交」を積極的に展開している。
しかしその一方で南シナ海での中国海警局船舶や調査船の活動を活発化させていることも事実で、1月12、13日に中国の王毅外相がインドネシアを訪問した前後にはナツナ諸島周辺海域で中国調査船がインドネシアのEEZへの侵入を繰り返したという。
こうした中国の姿勢から今回発見された「海中ドローン」とみられる機器も中国による調査活動の一環であるとの見方が有力視されており、インドネシアのみならず周辺のASEAN各国もこうした「海中の調査、情報収集活動」に対する警戒を強める必要があるといえるだろう。
トップ写真:ナトゥナ諸島EZZをパトロールするインドネシア水産省の船 出典:Photo by Ulet Ifansasti/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。