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.国際  投稿日:2022/1/3

バイデン外交の回顧と展望 私の取材 その5 軍事面での弱腰


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・中国の「人質外交」「恫喝外交」に敗北するバイデン政権。

・中国への批判を避け、軍事費も削減。中国の軍事的攻勢を許し、アメリカ漂流の懸念が浮上。

・日米豪印4ヵ国による「クアッド(QUAD)」は対中連帯で効果があるが、軍事面では限界あり。憲法9条の制約がある日本は異端。

 

2021年9月下旬あたりから、いよいよバイデン政権が強硬な対中政策を放棄するのではないかということがかなり明確に指摘されるようになった。

第1の根拠は、バイデン政権が中国大企業のファーウェイの孟晩舟(モウ・バンシュウ)副会長への刑事訴追を取り下げる形で同会長のカナダから中国への帰国を認めたことだ。

▲写真 米国への身柄引き渡しが審理されていたころのファーウェイ副会長の孟晩舟氏。足首には逃亡防止用のGPSが装着されている。(2020年9月28日 カナダ・バンクーバー) 出典:Rich Lam/Getty Images

バイデン政権は、カナダで拘束された孟氏をアメリカの法律で刑事訴追し、カナダから身柄を移送するよう求めていた。これに中国は猛反対し、カナダ人2人を逮捕し収監していた。ところが今回バイデン政権が孟氏の帰国を認めたので、中国はカナダ人2人を即時、釈放した。これについて、ウォールストリート・ジャーナルの社説は「中国人質外交の勝利」との見出しを掲げて、バイデン政権を批判した。

この問題を特に大きく取り上げているのが、トランプ政権で大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏だ。彼がトランプ大統領に造反した最大の理由は、トランプが「タリバンの代表を招いて会談をする」と語ったことにある。

ボルトン氏は「テロ組織の代表をアメリカに呼ぶことには絶対に反対だ」と主張し、トランプ大統領に反旗を翻した。ボルトン氏は、このようにトランプ政権に対しても批判的だったが、バイデン政権に対しても批判的立場をとっている。

▲写真 ジョン・ボルトン元大統領補佐官(2020年2月) 出典:Melissa Sue Gerrits/Getty Images

国家安全保障に関する経験や非常に精密な理論を備えている彼は、10月はじめにワシントンの政治新聞ワシントン・エグザミナーに「中国に対するアメリカの弱み」と題する論考を発表し、次のように説いた。

「孟晩舟を帰国させたことは、中国の恫喝外交に対するバイデン政権の屈服だ。バイデン政権は中国と対決したくないのだ。一度こうしたことをやれば、連鎖反応が起きる」

第2の根拠は、9月下旬にバイデン大統領が行った国連演説だ。かなり長時間の演説だったが、批判の対象として中国という国名を挙げなかったのだ。「自由で開かれた」という表現は使ったが、中国に対する厳しい発言は控えた。中国を念頭においたと思われる部分では「冷戦は求めない」とも述べた。

バイデン大統領は人権抑圧に関しても、キューバ、イラン、ベネズエラなどの国名は挙げたが、中国の名前は挙げなかった。その結果、「やはりバイデン大統領は中国と対決するつもりはないのではないか」という懸念が、共和党筋からも出てきている。

▲写真 国連総会で演説するバイデン大統領(2021年9月21日 国連本部) 出典:Timothy A. Clary-Pool/Getty Images

第3の根拠は、バイデン政権による国防費の事実上の削減だ。議会や学界からは、それが中国の軍事攻勢を招く結果となっているとの批判が出てきている。

アメリカ議会下院には、軍事問題に精通している共和党議員が多く、実際にイラクやアフガンでの戦争に参加した軍人上がりの議員が増えてきている。アフガンで爆発物によって足を失い、車いすで生活している下院議員もいる。この議員は非常に迫力があり、弁も立つ。

私は長年アメリカ議会を見てきたが、新しいタイプの新世代の議員が登場していると感じている。もちろん、民主党にも弁が立ち迫力のあるリベラル派議員が出てきている。

そうした軍事問題に精通した代表的な若手議員の1人が、下院軍事委員会の有力メンバーのマイク・ギャラファー議員(共和党)だ。彼は、10月上旬にワシントン・ポストへ寄稿し、「バイデン政権の国防費の事実上の削減が、トランプ政権時代よりも大胆で果敢な中国の軍事攻勢を招く結果になった」と批判した。

▲写真 米共和党マイク・ギャラファー議員(2021年6月29日) 出典:Kevin Dietsch/Getty Images

バイデン政権の国防費は、インフレ率を勘案すると事実上削減になっているのだ。これはトランプ政権との非常に大きなコントラストだ。

以上のような根拠から、バイデン政権の対中政策には宥和的な要素があり、このままではアメリカが漂流していくのではないかという予測がごく最近出てきている。

その一方、バイデン政権が進めるインド太平洋での多国間連帯はかなり効果のありそうな取組となっている。

その一つがアメリカ、オーストラリア、インド、日本の4ヵ国による「クアッド(QUAD:Quadrilateral Security Dialogue)」だ。菅前総理も9月下旬に開催されたクアッドの首脳会合に参加した。

クアッドという枠組みができ、中国の脅威を受けたり、中国の動きに懸念を感じたりしている諸国が連帯し協力する体制が整いつつあることは、非常に大きなプラスだ。

▲写真 日米豪印4カ国による「クアッド(QUAD)」首脳会合(2021年9月24日 米ホワイトハウス) 出典:Pool/Getty Images

ただ、軍事面での中国への抑止という観点からすると、これにも限界がある。クアッドは軍事組織ではなく、あくまでも外交・安全保障についての対話の場だからだ。

憲法9条の制約がある日本は、普通の国のようには集団的自衛権が十分に行使できない。

一方、インドも非同盟主義の伝統があり、アメリカやオーストラリアと完全な形で軍事的に連携し、中国に対抗することはできないと言われてきた。しかし、今やインドは中国の軍事動向に非常に深刻な懸念を抱いている。実際、2020年には、小規模ながら中印国境紛争が起こり、インド側にかなりの死者が出た。

日本はやはり異端なのである。

(その6につづく。その1その2その3その4。全7回)

**この記事は公益財団法人の国策研究会の月刊機関誌「新国策」2021年12月号に掲載された古森義久氏の同研究会での講演の記録の転載です。

トップ写真:訪米した中国・習近平国家主席(当時、副主席)とバイデン米大 統領(当時、副大統領)2012年2月17日 出典:Tim Rue/Corbis via Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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