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.国際  投稿日:2022/10/5

ブッシュ政権末期の過ちを繰り返すな—対北朝鮮政策


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・北朝鮮が日本上空を通過する弾道ミサイルを発射。バイデン政権がブッシュ・ジュニア政権の失敗を繰り返さないか危惧。

・16年前、北朝鮮による初の核実験に、中間選挙を控えたブッシュ政権は宥和策で対応、核ミサイル開発を加速させる歴史的失敗に。

・北は核実験実施する構え。岸田政権はバイデン政権に対し、ブッシュ政権の轍を踏まぬよう、早めに釘を刺す必要あり。

 

2022年10月4日午前7時22分頃、北朝鮮が内陸部から東に向け、日本の上空を通過する形で弾道ミサイル1発を発射した。

以下、数時間後に出た産経新聞電子版の記事から引いておく。

《浜田靖一防衛相は4日午前、北朝鮮が同日発射した弾道ミサイルについて、中距離弾道ミサイル(IRBM)以上の射程を有し、発射地点から着弾地点までの推定飛距離として約4600キロは過去最長とみられることを明らかにした。防衛省で記者団に述べた。

最高高度は約1千キロ、日本の排他的経済水域(EEZ)外に着弾。着弾地点は岩手県釜石市の東約3200キロの海域と推定される。

浜田氏は、今回の弾道ミサイルについて飛距離約3千〜5500キロ以上とされるIRBM以上の射程を有し、過去4回発射された「火星12」と同型の可能性があると分析。火星12号は前回、日本列島上空を通過した平成29年9月にも発射された。

浜田氏は「断じて容認できない。わが国上空を通過させる形の弾道ミサイル発射はわが国の国民の生命・財産に重大な影響を及ぼし得る行為だ」と非難した》

ここで危惧されるのは、米バイデン政権がブッシュ・ジュニア政権の失敗を繰り返さないかである。振り返っておこう。

▲写真 日米首脳会談後に共同記者会見に臨むバイデン米大統領と岸田首相(2022年5月23日 迎賓館) 出典:Photo by Nicolas Datiche – Pool/Getty Images

2006年10月9日、北朝鮮が同日10時35分(北朝鮮時間)に初の地下核実験を行い成功したと発表した。ちょうど16年前。米国では現在と同様、1か月後に中間選挙が迫っていた。イラク戦争の泥沼化により、政権に対する国民の不満が高まっていた。

その中間選挙で、与党共和党は上下両院で多数を失った。その直後に、詰め腹を切らされる形でドナルド・ラムズフェルド国防長官が政権を去る。チェイニー副大統領と並んで、対北強硬派の牙城を構成する1人だった。以後、政権が任期を終えるまでの2年間、チェイニーは孤立したハードライナーとして苦しい戦いを強いられる。

▲写真 左からラムズフェルド国防長官、ジョージ・W・ブッシュ大統領、チェイニー副大統領(2006年12月15日 米・バージニア州) 出典:Photo by Charles Ommanney/Getty Images

その間、ブッシュ大統領が対北政策を委ねたコンドリーサ・ライス国務長官とクリストファー・ヒル国務次官補のコンビが、交渉による北の非核化を掲げて、金融制裁解除を始めとする対北宥和政策を次々打ち出し、歯止めなき有様となった。

ラムズフェルドの後任の国防長官にはロバート・ゲイツが就いた。

ゲイツはブッシュ・シニア政権時に大統領安保副補佐官を務め、その下でソ連専門官として働いたライスとは盟友かつ親友と評される間柄だった。ライスは、ゲイツ国防長官という人事を聞いて興奮し、「喜びを抑えきれなかった」と述べている。

ラムズフェルドなら、チェイニーと組んで、ライス・ヒルの対北宥和政策に強力に対抗しただろうが、ゲイツが異論を唱えたという記録はない。

▲写真 ライス米国務長官とクリストファー・ヒル国務次官補(2006年1月18日 東京) 出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images

ライスは回顧録に次のように書いている。

2007年1月中旬、ベルリン滞在中のライスの部屋に同地で米朝協議に当たっていたヒルが「明らかに興奮した」面持ちで飛び込んできた。

北朝鮮側代表が、金融制裁解除と引き替えに核凍結を行うという「本国の訓令以上に踏み込んだ」案を示してきた、相手は翌日帰国する、すぐに回答したいというのである。ライスは急遽ブッシュに電話を入れ、「大統領、この問題を大きく動かすチャンスです。しかし、明日になればこのチャンスは消えてしまいます」と強く受け入れを促した。

もし実際に、独裁者金正日の指示を越えた譲歩案を提示したのなら、その人物は帰国後直ちに収容所送りか処刑だろう。北の定番の揺さぶり作戦に米高官が嬉々として嵌まっていく様に驚きを禁じ得ない(Condoleezza Rice, No Higher Honor, 2011)。

このエピソードの翌月、アメリカは実効の上がっていた対北金融制裁を解除した。

結局、「圧力は対話を阻害する」と考えるライス・ヒル路線は、無原則に制裁を緩和して北の体制を生き延びさせ、拉致問題の解決を阻害して、核ミサイル開発を加速させる歴史的な失敗に帰結した。

北は核実験の実施で、さらに米側を揺さぶる構えも見せている。岸田政権はバイデン政権に対し、ブッシュ政権の轍を踏まぬよう、早め早めに釘を刺していかねばならない。

トップ写真:北朝鮮・金正恩総書記(2019年) 出典:Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images




この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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