南シナ海で中国ロケット破片 比が回収

大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・フィリピン沿岸警備隊が、中国によるロケット発射時に落下したとみられる部品を発見、回収。
・中国の海警局とみられる船舶に曳航ロープを切断され、中国側に部品を「奪取」される事案も発生。
・例年1月予定のマルコス大統領と習近平国家主席との首脳会談では、南シナ海問題の協議は不可避。
フィリピンの沿岸警備隊は12月18日、ルソン島中西部サンバレス州スービック沖合の南シナ海で漁船が海上に漂う金属部品を発見、回収したことを明らかにした。中国によるロケット発射時に落下した部品の一部とみられている。
フィリピンではこのところ中国のロケットの部品とみられる金属片の発見が相次いでおり、フィリピン海軍が曳航して回収しようとしたところ、中国の海警局とみられる船舶に曳航ロープを切断され、中国側に「奪取」される事案も起きるなどロケット部品を巡って緊張が高まっている。
フィリピン海軍、沿岸警備隊は南シナ海などで操業する漁船に対し、海上浮遊物が船舶や乗組員にとって危険物であるとして警戒を呼び掛けるとともに、そうした浮遊物を発見した場合は速やかに当局に連絡するように求めている。
フィリピン西方海上では昨年11月以降、中国が発射したロケットの残骸とみられる金属製浮遊物が複数発見されており、フィリピン外務省は中国側に説明を求めると同時に抗議しており、南シナ海を巡っては領有権問題に加えて上空から落下した浮遊物問題が中国との外交関係の新たな焦点となりつつある。
2023年1月にも予定されているマルコス大統領の訪中、習近平国家主席との首脳会談でこうした南シナ海問題が協議される可能性が高くなっている。
■漁船が発見して沿岸警備隊が回収
12月18日に沿岸警備隊が明らかにしたのは16日に比漁船「アキヨ」がルソン島中西部サンバレス州スービックの西方沖約100キロの南シナ海の海上を浮遊する金属とプラスチック製の物体、長さ2メール、幅4メートルを発見した。その後沿岸警備隊が17日に浮遊物を回収した。
浮遊物体は白色で円筒形の物体の一部とみられ、捜査当局などでは10月31日に中国が打ち上げたロケット「長征5号B」からの落下部品と推定している。
沿岸警備隊によると漁船「アキヨ」は11月16日にもサンバレス州沖のバホデマシンロック海域(スカボロー礁周辺海域)南西約70キロの海上で別の浮遊物を発見したが、サイズと水没状態から回
収を断念したケースがあったとの報告も届いているという。
■比曳航中の浮遊物を中国が奪取も
さらにフィリピン海軍によると11月20日に南部パラワン州パガサ島沖で浮遊物を発見、海軍のゴムボートがその浮遊物を艦艇まで曳航を始めたところ、付近にいた船番5203の中国海警局船舶が急接近してきて曳航妨害を行い、曳航ロープを切断して浮遊物を強制的に回収、現場から持ち去ったという。
フィリピン側は中国に激しく抗議したが、中国側は「浮遊物を曳航中だったフィリピン側と中国側は現場で友好的な協議を行い、フィリピン側が浮遊物を中国側に返還した。フィリピンには感謝している」と在マニラ中国大使館は発表してフィリピン側が指摘する「強奪」という主張を完全に否定した。
マルコス大統領はこの事案に関して「海軍の報告と中国からの報告は一致していない」としたうえで「私は海軍を完全に信頼しており、海軍が起きたと言っていることなら私はそれが実際に起きたと
信じることしかできない」と記者団に語り、中国側に説明を求める姿勢を示した。
このような一連の南シナ海での浮遊物はいずれも「長征5号B」からの落下物とみられているが、2021年の8月にもルソン島南西部にある西ミンドロ州州都マンブラオ沖でも浮遊物が発見されており、「長征5号B」以外にも浮遊物を落下させたロケットの存在があるとみられ、中国のロケットからの落下物は恒常的に南シナ海に落下し、フィリピン漁船や漁民の安全を脅かしていることが明らかになっている。
■対中国で防衛力強化の声も
こうした状況を受けて地元メディアの報道によると下院では南シナ海の自国の領海、排他的経済水域(EEZ)内での海洋権益保護と警戒監視のために海軍力、空軍力、沿岸警備隊の装備充実、近代化を求める声が出ているという。
フィリピン軍、沿岸警備隊にはドローンや無人航空機、砲艦などを可能な限り早期に調達して「再発防止のための致命的火力、装備による抑止政策を採用するべきだ」との声明をジョーイ・サルセダ下院議員は明らかにしている。
フィリピンはこのところEEZ内などでの中国海警局船舶の活動が活発化しているほか、漁船の集結などでフィリピンへの圧力を強めていることに警戒感を強めている。
1月に予定されるマルコス大統領の就任後初の訪中では習近平国家主席との首脳会談が予定され南シナ海問題の協議は不可避とされているが、訪中を前にフィリピン側の強硬姿勢を牽制するとの狙いが中国側にあるとの見方が有力だ。
経済的に中国への依存度が高いフィリピンが南シナ海問題でどこまで持論を主張できるか、マルコス大統領の手腕が問われている。
トップ写真:米国と共同水陸両用演習を実施(2022年03月31日、フィリピン・クラベリア)出典:Photo by Ezra Acayan/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。

