アメリカはいま――内政と外交・ワシントン最新報告 その10 トランプ氏への挑戦者たち
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・トランプ氏は熱烈に支持する人も多いが激烈に反対する人も多い。
・共和党の大統領選候補は、ニッキーヘイリー氏やデサンティス氏。
・いまのところ、トランプ氏はなかなか負けそうにない。
だから、さきほど述べたように、2024年の大統領選挙でトランプ氏とバイデン氏がもう1回、戦う、という組み合わせは、日本で見ていてもあまり興奮しません。また同じような顔ぶれでやって。これはどっちが勝つかわからない。
これだけバイデン氏が抱えているマイナスの要因を挙げたけれども、勝つ可能性がある。というのは、それだけトランプという人は熱烈な支持をする人も多いが激烈に反対する人もたくさんいるからです。それまでばらばらだった人たちが、トランプが出てきたぞというと一致団結して闘う。活性化です。アメリカ人がよく使う言葉でgalvanize(活性化する)というのがあるのだけれど、まさにそれです。トランプ氏が出てくると、反トランプ派がgalvanizeされて、まとまるという。内政はいまそんな状況になっているわけです。
なお共和党のほうの状況は、ニッキー・ヘイリーという女性の元国連大使が大統領選にすでに名乗りをあげています。サウスカロライナ州の知事を務めたインド系の政治家です。カマラ・ハリス副大統領も半分インド系なのだけれども、ニッキー・ヘイリーというのは両親ともインド系で、アメリカ生まれです。
アメリカに駐在された方は経験があるかもしれませんが、サウスカロライナ州は南部です。その南部の人たちの英語って、ちょっと母音が長引いて、特に女性がしゃべると、これは私の主観の好き嫌いですが、なんか非常にやさしい感じを受けます。ニッキー・ヘイリーの英語というのはそういう南部訛りがある、やさしい感じである。しかし、やさしい顔をして非常に厳しいことを言う。
一方、デサンティス知事もこれから大統領選への正式の名乗りをあげることでしょう。共和党のなかでも、もうトランプ氏ではないほうがよいのでは、という人もかなりいますから、デサンティス氏が一定の支持を集めることもまちがいありません。
ただ、予備選挙というのは、いろいろな州で始まって、3カ月、4カ月ぐらい、来年の前半、続くのです。共和党側のこのプロセスでトランプ氏を打ち倒すというのはかなり難しい。先頭を走っているのを打ち倒すというのは難しいわけです。
予備選の共和党支持者だけの選挙をニューハンプシャーとか、いろいろなところで、二十何州ぐらいやります。そこで何かの理由で次々にトランプ氏が負けるというようなことになれば、展望ははっきりするわけです。
しかし、いまのところ、トランプ氏はなかなか負けそうにない、ということなのです。連邦議会をみても、トランプ氏を熱烈に支持する議員たちは上院にも、下院にもいます。とくに下院ではいま共和党が多数派です。その共和党議員のなかに自由党員集会……フリードム・コーカスという組織があります。20人ぐらいですが、この人たちは保守強硬派で、トランプ支持が強固です。
このグループは前に述べたケビン・マッカーシー議員の議長就任に反対し続けました。マッカーシー議員は共和党でもどちらかといえば穏健派なのだけれども、フリードム・コーカスはマッカーシー議員が議長になるなら、もっとトランプ寄りの保守政治をしっかりやれよ、という圧力をかけたのです。強硬であってもいいから保守政治をやれよという要求を突きつけました。そして十何回も投票させて、最後にケビン・マカーシーに譲歩させている。
マッカーシー議員は本来、トランプ氏とは歩調を合わせてきた政治家です。しかしもっと明確に、強固にトランプ支持の立場を打ち出せ、という圧力をフリードム・コーカスがかけたのです。共和党のなかにおいて、まだまだ、トランプを正面から叩いて乗り越えていこうとする動きというのはなく、逆にトランプ氏の政治的立場にさらに接近することを求める動きが強いのです。
前に述べたデサンティス知事も、トランプ氏を正面から批判するようなことは言っていません。ニッキー・ヘイリーという女性候補もトランプ批判はしない。彼女は次回の大統領選の候補についてはせいぜい「新しい世代がいいのではないか」と述べるあたりで留めているのです。
マイク・ペンスという、トランプ前大統領のときの副大統領も、次回の選挙への出馬を遠回しに示唆しています。この人はものすごく真面目な性格です。夫人以外の女性との1対1の食事は絶対にしない、などど言明しています。本気の言明です。
アメリカ社会での政治家がそんな制約を自分に課して、はたしてやっていけるのか疑問です。しかしペンス氏は2020年の大統領選挙の結果が不正であり、盗まれた選挙だとするトランプ氏の主張には同意していません。そして、トランプ氏とちょっと距離をおいて、もしかしたら大統領選挙に出るかなという感じがあるのです。
ただしペンス氏の共和党のなかでの支持率はきわめて低い。この人でさえも「トランプ氏よりも、よりよい、ベター・キャンディデートはいるでしょう」という程度の発言に留まっています。これは一部を取ればトランプ批判です。しかしきわめて穏やかなのです。
とにかく共和党の現状では、よきにつけ、悪しきにつけ、トランプ氏を打ち倒していくという作業はかなり難しい。だからこそ民主党が必死になって、選挙ではない方法を使ってでもトランプ叩きを続けているともいえるでしょう。
(その11につづく。その1、その2、その3、その4、その5、その6、その7、その8,その9)
*この記事は鉄鋼関連企業の関係者の集い「アイアン・クラブ」(日本橋・茅場町の鉄鋼会館内所在)の総会でこの4月中旬に古森義久氏が「アメリカの内政、対中政策――ワシントン最新報告」というタイトルで講演した内容の紹介です。
トップ写真:アイオワ州のボランティアリーダーシップ研修イベントで挨拶するトランプ前大統領 2023年6月1日 アイオワ州・グライムズ
出典:Photo by Scott Olson/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。