北朝鮮、新型駆逐艦進水式事故でまたもや大粛清へ

朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・金正恩は自らの権威強化を狙い、新型通常兵器の誇示を繰り返しているが、それらの実戦能力や実態には多くの疑問が残る。
・新たに建造された5000トン級駆逐艦は、進水式で重大な事故を起こし、金正恩の強い怒りを買う事態となった。
・この事故を受けて関係者の拘束が始まり、6月の党中央委員会全員会議では、軍部を中心に大規模な粛清が行われる可能性が高い。
北朝鮮はいまロシアとの同盟強化で危機突破を図ろうとしている。ロシアの戦勝記念日(5月9日)に高位軍事代表団を参加させた金正恩は、秘密にしていたロシアへの派兵も認め、駐北朝鮮ロシア大使館を初めて訪問し同盟強化の演説を行った。
ロシアからの支援のもとで、国防5ヶ年計画最終年を軍拡の画期的な年とするために様々な「新型通常兵器」を誇示し、朝鮮労働党創建80周年に向け金正恩偶像化に拍車をかけている。
■新型通常兵器を次々と見せつける金正恩
今年に入って、新型戦車天馬―XX、空中早期警戒統制機、無人偵察機新星4型(グローバルホークを模倣)、無人偵察機新星9型(リーパーを模倣)、新型中距離空対空ミサイル(中国のPL-11に類似)などを次々と見せつけ、金正恩の「自己陶酔型軍拡」の成果を披瀝した。空対空ミサイルは、韓国でもまだ開発初期段階の武器体系だ。しかしこれら各武器の姿や形は見せられたが、中身がわからない状態だ。空中早期警統制機の内部は一部写真が公開されたが、その装備は、ただ空中に浮かんだレーダーに過ぎず、本来の機能である空中からの統制機能は全く見られなかった。
4月25日には、南浦造船所で、金正恩参席のもと5000トン級新型駆逐艦の建造を誇示し、駆逐艦からのミサイル発射まで写真を公開した。しかし、専門家によると、エンジンなど装備がすべて装着されていないようで、使われた素材(例えば建造に使われた特殊鋼)や武器の性能も未知数だという。ある意味で国内に見せるための駆逐艦ではないかと疑っている。
例えば、公開された新型駆逐艦の写真をチェックしてみると、船橋(ブリッジ)の中が空(から)状態で装備が見あたらない。また煙突部分が空洞のままであり、走行中にエンジンから出る煙も見られなかった。この状態での駆逐艦からのミサイルの発射は、バージ船からのミサイル発射となんら変わらないという。
■新型通常兵器を誇示する狙い
またこの駆逐艦がフル装備されたものであったとしても、現代戦は、空・海・陸の立体的ネットワーク戦であり、駆逐艦を単独で何隻か持ったからといって実戦では殆ど役に立たないというのも常識だ。それにもかかわらず、金正恩は大々的にこうした兵器を見せつけている。
その狙いはどこにあるのか?それは、実戦のためというよりは、金正恩の主観的願望を満足させ、彼の権威を高めるための国内向け宣伝以外の何物でもないと言える。金正恩は、自身の権威強化のために、5か年計画最終年の今年、ロシアへの派兵と兵器輸出で得た資金を、すべてそこに注ぎ込んでいるようだ。
しかしこうした主観的「自己陶酔型軍拡」の強要は、軍需工業部門に過重な負担を押し付けることとなっている。それは5月21日に清津造船所で行われた新型駆逐艦の進水式での重大事故の発生として現れた。主観的願望で成果を急ぐあまり、事故を発生させたものと見られる。
■新型駆逐艦進水失敗で待ち受ける新たな粛清の嵐
この事故を見守っていた金正恩総書記は激怒し「国の自尊心を一瞬で墜落させた」と怒りをあらわにした。
朝鮮中央通信は5月22日「新たに建造された5000トン級駆逐艦の進水式が21日に清津造船所で行われたが、式典中に重大な事故が発生した」と報じ、式典には金正恩が出席していたことも伝えた。報道によると「未熟な指揮と操作上の不注意」が原因で、船舶を側面からスライドさせる過程で艦尾側が先に滑り落ち、船体の一部に大きな穴が開いてバランスが崩れ、また艦首もどこかに引っかかったという。北朝鮮メディアは先月、駆逐艦「崔賢(チェ・ヒョン)」の進水式を写真と動画で大きく報じたが、今回事故が発生した清津造船所の進水式は写真や動画を公開していない。
事故前から一連の過程を見守っていた金正恩は「到底あり得ない事態であり、容認できない深刻な重大事故、犯罪的行為だ」「わが国の尊厳と自尊心を一瞬で墜落させた」と述べた。さらに「今回の事故に責任がある党中央委員会軍需工業部、国家科学院力学研究所、金策工業総合大学、中央船舶設計研究所をはじめとする関係単位と清津造船所の担当者らによる無責任な過誤は、来月(6月末)招集される党中央委員会全員会議で取り扱わないわけにはいかないだろう」とも指摘した。労働新聞は、1面に事故のニュースと、党中央委員会政治局名義の6月の党全員会議招集公告を並んで掲載した。
金正恩は6月の党中央委員会全員会議前に駆逐艦を原状復帰するよう指示した。しかし5000トン級の船を引き上げる重機は北朝鮮に存在しないと言われている。この事故の次の日、金正恩は「鬱憤晴らし」なのか咸鏡南道善徳周辺から数発の巡航ミサイル数発を東海(日本海)に向け発射した。
朝鮮中央通信は5月25日、新型駆逐艦進水事故を巡り、造船所の技師長ら3人が拘束されたと伝えた。事故調査グループが24日に朝鮮労働党中央軍事委員会に調査状況を報告する中で明らかにした。1月27日に地方における組織ぐるみの職権乱用と不正で多くの幹部が粛清され、趙ヨンウォンすらも一定の査問を受けたばかりだ。それから数ヶ月でまたもや大型の粛清が軍部関係で行われることは間違いなさそうだ。
トップ写真:記者会見で発言する金正恩氏(2024年6月19日 北朝鮮・平壌)出典:Photo by Contributor/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統

