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.国際  投稿日:2021/9/24

混戦必至、フィリピン大統領選


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・来年5月の大統領選に現職ドゥテルテ大統領が副大統領候補として最大与党から出馬。

・国民的英雄、プロボクサーのマニー・パッキャオ上院議員も与党の大統領候補に。

・マルコス元大統領の長男やドゥテルテ大統領の長女サラマニラ市長らも参戦の可能性あり、大統領選は混戦必至。

 

2021年5月に実施されるフィリピンの大統領選挙が混戦必至の状況となっている。

というのも現職のドゥテルテ大統領が副大統領候補として最大与党「PDPラバン」からの出馬を決め、同じ「PDPラバン」からプロボクサーのマニー・パッキャオ上院議員が大統領候補として出馬することになりながら、両候補者をそれぞれ支持する「PDPラバン」の派閥間で対立が激化、相手側の候補者を認めないという異常な事態に陥っているのだ。

さらに各種世論調査で常にトップを維持しているドゥテルテ大統領の長女でミンダナオ島ダバオ市のサラ・ドゥテルテ市長が大統領選への出馬をこれまでのところ否定するなど与党内部の混乱にドゥテルテ大統領親族の不協和音が響き、それに反ドゥテルテ大統領を掲げて政権交代を虎視眈々と狙う野党の正副大統領候補の調整、一本化の遅れも影響して今後一波乱も二波乱もありそうな混戦状況となっているのだ。

大統領が副大統領候補出馬の奇手の背景

フィリピンの憲法では大統領の任期は「1期6年」と決められている。このためドゥテルテ大統領は2022年の次期大統領選には「大統領候補」として出馬することは不可能である。ところが副大統領候補としての出馬に関して、前例はないものの法的には問題なく当選すれば2期まで務めることが可能となっている。

この憲法の規定の「隙間」を利用する形でドゥテルテ大統領は9月8日に開催された、自らが名誉総裁を務める「PDPラバン」の党大会で「大統領候補としての指名」を受け、ただちにそれを受諾。正式の副大統領候補となったのだった。

指名受諾でドゥテルテ大統領は「副大統領としての出馬は政治的野心ではなく、愛国心に基づくものであり、引き続き国民に奉仕することでフィリピンのさらなる発展に貢献したい」と述べ、あくまで国民の求めに応じて国民に奉仕するという姿勢を強調した。

しかしフィリピンのマスコミや野党、人権団体の多くはこうしたドゥテルテ大統領の副大統領候補としての出馬の「動機」を額面通りには受け止めていない。

9月15日、「国際刑事裁判所(ICC=本部オランダ・ハーグ)」はフィリピン政府による麻薬犯罪捜査に関する人権侵害の疑いでの本格的捜査の開始を許可した。

これはドゥテルテ大統領が2016年の大統領就任以来特に力を入れてきた政策の一つである麻薬犯罪対策で、捜査・摘発の現場で警察官による司法手続きを無視した容疑者の射殺いわゆる「超法規的殺人」が「人道に対する罪、人権侵害」であるとの欧米社会、人権団体、キリスト教組織などからの指弾を背景に、ICCが予備調査に乗り出したのだった。

これに反発したドゥテルテ大統領は2019年にICCを脱退し、以後「ICCの捜査権はもはや脱退で存在しない」としてICCへの一切の協力を拒否してきた経緯がある。

今回のICCの本格捜査着手についても「ICCには一切協力しない。関係者のフィリピン入国も拒否する」(9月16日、大統領首席法律顧問サルバドール・パネロ氏)と強硬姿勢を貫いている。

大統領在職中の「超法規的殺人」や反ドゥテルテを掲げるメディアへの弾圧などが退職後に非難を浴びたり、ICCのような法的訴追を受ける可能性を回避したりするためには権力の中枢に影響力を残す必要があり、それが副大統領候補としての出馬という奇手の背景であり動機であると一般的には理解されているのだ。

▲写真 反ドゥテルテ大統領デモに参加する市民 フィリピン・マニラ(2021年7月26日) 出典:Photo by Ezra Acayan/Getty Images

党内対立の激化も表面化

こうした中、9月19日に与党「PDPラバン」の一部会派が会議を開催して、党の大統領候補に同党所属でプロボクサーのマニー・パッキャオ上院議員を指名、パッキャオ氏もこれを受諾して、大統領候補になったのだった。

パッキャオ氏は6階級制覇も成し遂げた世界的なプロボクサーでフィリピンでは「国民的英雄」として知名度、人気は高く、各種世論調査でも常に上位となっている。

大統領候補指名を受けたパッキャオ氏は「私はリングの中でも外でもファイターであり、戦う準備はできている」として大統領選への意欲を示した。

▲写真 WBAウェルター級チャンピオンのマニーパッキャオ(左)とWBAウェルター級スーパーチャンピオンのキースサーマン(右)ネバダ州ラスベガスで開催されるMGMグランドガーデンアリーナにて(2019年7月19日) 出典:Photo by Ethan Miller/Getty Images

今回与党の一部、パッキャオ氏を支持する派閥が彼を大統領候補に指名した背景には、9月8日のドゥテルテ大統領を副大統領候補に指名した党大会で、同時に指名したドゥテルテ大統領の側近、クリストファー・ボン・ゴー上院議員が大統領候補指名を固辞したことがある。

党内のドゥテルテ大統領支持派は、ゴー氏の頑なな固辞を受けて、別の大統領候補を模索していたが、こうした事態を受けてパッキャオ氏の指名が実現した。

ドゥテルテ大統領支持派は「パッキャオ氏指名は党の正式決定ではない」と反発、パッキャオ氏支持派も「ドゥテルテ大統領支持派が党を乗っ取るのは許せない」と逆襲するなど党内の派閥抗争が一気に噴出する事態となっている。

予断許さない今後の展開

こうした与党の内紛を受けて反ドゥテルテを掲げて政権交代を目指す野党側はレニー・ロブレド副大統領を軸に「勝てる候補者」の選出を急いでいる。

そうした中22日には俳優出身でマニラ市のイスコ・モレノ市長が大統領候補としての出馬を表明し、大統領選に正式に参戦。さらにマルコス元大統領の長男で元上院議員のフェルナンド・マルコス・ジュニア(愛称ボンボン・マルコス)が連邦党から大統領候補として指名を受けるなど動きが目まぐるしくなってきた。

加えて「父が副大統領候補を辞退するのであれば考え直す」として、大統領候補への出馬に含みを持たせているドゥテルテ大統領の長女サラダバオ市長の今後の動向からも目が離せず、10月1日の立候補届け出に向けて予断を許さない状況となっている。

トップ写真:天皇陛下即位の礼に出席するため訪日した長女サラ・ドゥテルテ ダバオ市長とドゥテルテ比大統領(2019年10月22日) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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