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.社会  投稿日:2022/2/24

日本語は乱れているのか(下)日本の言論状況を考える その4


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・日本語を乱す「戦犯」として、最近はネット用語が問題視されているようだ。

・「たぬかな発言」が炎上。不特定多数が見る電子メディアでは、言ってよいことと悪いことがある。「身内ネタ」でも許されず。

・「言論の自由に〈人を傷つける自由〉までは含まれていない」ことを理解できていない。

 

文化庁が毎年、16歳以上の男女3000人を対象に、日本語や国語教育の現状についてアンケート調査を行い、結果を『国語に関する世論調査』と題して公表している。

それによると1995(平成7)年以来、

「この頃は日本語が乱れている」

と考える人は、漸減傾向にはあるものの、ほとんど毎回、過半数を占めていた。

前回述べたように、昭和の時代には漫画やTVから生み出される言葉が、あたかも日本語を乱す「戦犯」であるかのように考える人がいたわけだが、最近ではいわゆるネット用語が問題視されているようだ。数年前、有名な『サラリーマン川柳』の中に、

「部下からの 遅刻のメール 渋滞なう」

というのがあったが、煎じ詰めて言えばこういうことなのだろう。もっともこれは、日本語の乱れを憂えると言うよりは、IT時代に取り残された中高年サラリーマンの悲哀を詠んだものだと解釈されたらしいが。

これなど象徴的な話であると、私には思える。

前回も述べたように、おかしな言葉遣いが流行して困ったものだ、と考える人は『枕草子』の時代からいたわけで、それは日本語が乱れているのではなく変化してきているに過ぎないのである。

私自身も、語尾に「笑」と書き加えることがあって、プロの文筆業者としてはまれな例だが、ネット用語に影響されたというわけではない。ネットでは「笑」とは書かずに「藁」あるいは「w」「草」などと書く。草というのは、wwwといった表記が草が生えているように見える事からの連想らしいが、最初にこれを考えついた人は、冗談抜きに卓抜な発想力の持ち主であると私は思う。

前述の『サラリーマン川柳』の向こうを張ったのか『ヲタク川柳』というのもあって、

「ケンカなら オモテは出ない ネットに来い」

といった類いのものだが、

「wwwww  wwwwwww  wwwww

というのには唖然とさせられた。たしかに五七五の形式はとられているが、これまた冗談抜きに、このセンスには脱帽する。そもそも、なんと読むのだ?

ただ、これはあくまで意表を突かれたという評価で、こうした表現が日本語の中に定着して行く見込みはまずないだろう。具体的には、ビジネスの世界で「……なう」や「www」が認知される日など、未来永劫に来ないと思う。

また、少し前までネットというのは匿名の世界で、差別発言から殺害予告まで、無政府状態というに近かったが、今はむしろ問題がある(と見なされた)投稿はたちまち炎上する、という傾向になっている。

つい先日も「たぬかな」と名乗る女性プロゲーマーが、

「170ないと(身長170センチ未満だと)正直人権ないんで。170ない人は『俺って人権ないんだ』って思いながら生きてってください」

などと発信し、炎上したあげく、所属チームから契約解除されるという騒ぎが起きた。

私が前回、最後の方で「美人はなにをしても許される」などと書いたのは、この騒ぎのことが念頭にあったからだ。

「たぬかな発言」自体は、とりたてて目新しいものではないのだが、不特定多数が目にする電子メディアでは、やはり言ってよいことと悪いことがあるだろう……こう書けば、お前はどうなんだ、というリアクションが当然予想されるので、

「少なくとも私は〈ブスに人権はない〉などという発想には立っていない」

とでも斬り返そうと考えていたのである。

しかし、ITジャーナリストの篠原修司氏が18日付でヤフーニュースに寄稿した記事を読んで、目からうろこが落ちた気分になった。

もともとゲーマーの世界では「人権ない」というのは、スラング(俗語)として普通に使われていたのだという。

ゲームで、あるステージをクリアするのに必須のアイテムを「人権キャラ」と呼び、人権がない、というのは単にそのステージに挑戦する資格がない、といったほどの意味なのだとか。

▲写真 PCゲームを競うゲーマーたち(イメージ) 出典:Photo by Christian Petersen/Getty Images

つまり彼女は、自分の恋愛対象は身長170センチ以上の男性に限ると言いたかっただけなのだが、愚かにもゲーマーの間でしか通用しないスラングを用いたため、ヘイトスピーチだと糾弾される憂き目を見たたわけだ。そう言えばツイッターで、

「いつもの身内ノリで言葉が悪くなっちゃいました、ごめんなさい~」

などと謝罪していた。時すでに遅し、であった上、これのどこが謝罪だ、と受け取られて火に油を注ぐ結果となってしまったが。

篠原氏自身、

「だからと言ってたぬかなさんの発言したことが許されるわけではありませんが」

と前置きし、なにも考えずにプレイする「脳死プレイ」や、一方的な展開になる「レイプ試合」などのスラングも、炎上を招きかねないので、

「別の表現に変えて行くような流れができると良いと思います」

と提言している。

いずれも私には初耳で、色々な意味で勉強させていただいた。篠原氏には、この場を借りて御礼申し上げます。

総じて言えることは、プロゲーマーとか、まあ一部のネット民にも言えることだが、彼らは歪んだエリート意識の持ち主なのではあるまいか。

ゲーマーの世界の事はよく知らない私ではあるが、プロとして生活が成り立つのであれば、やはり特殊な才能の持ち主だとは言えるだろう。

だからと言って、その生活が、たとえばゲームに課金するような「一般大衆」のおかげで成立しているのだ、ということくらいは、わきまえておかねばならない。「身内ネタ」ならたとえ差別発言でも問題ない、と思い込む時点で、社会人として失格なのである。

もちろん私とて、こうした公共のメディアで記事を書かせていただく場合と、たとえばYouTubeの動画にコメントするような場合とでは、日本語表現がいささか異なる。ただし後者の場合も、原則として本名で投稿し、自分の発言に責任を持つという姿勢は崩していない。原稿料が発生しないからなんでもあり、というわけには行かないことくらい、ちゃんとわきまえている。

もっぱらネットで情報や意見を発信している人たちが、しばしば度しがたい問題を起こすのは、とどのつまり「言論の自由に〈人を傷つける自由〉までは含まれていない」ということを理解できていないからだろう。

(続く。その1その2その3

トップ写真:ソーシャルメディアでの“発言”が炎上を招くことも。写真はイメージ。 出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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