参議院選挙の本当の「争点」⑨起業・スタートアップ
西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)
【まとめ】
・起業は雇用を増加させ、企業の新陳代謝を進める効果もある。
・日本の開業率は5.6%、廃業率も3.5%と他国と比較しても非常に低い。
・各党が公約を発表しているが、国として起業推進をするならば、国の事業からベンチャーへの発注重視などを始めるべきである。
岸田首相が「スタートアップ担当大臣」を設置することを発表した。「スタートアップは経済成長の原動力となる革新性を生み出すほか社会的課題の解決にもつながる」とも語った。まさに、オワコンとかした日本経済に必要な方策であり、今回の参議院選挙でも経済政策の一丁目一番地としてもいい話題でもある。
起業は、雇用増加を生み出すことはもちろん、企業の新陳代謝も進めるという効果もある。企業の参入・撤退が産業構造の転換やイノベーション促進の原動力となり、経済成長を支えるといっても過言ではない。
■ あまりに少ない起業・韓国に負けている
日本経済が成長してこなかった理由の1つとして、起業・イノベーションが進まなかったことが考えられる。そもそも、開業率と経済成長率との間には正の相関関係があるといわれている。開業率が高いと、経済成長率が高い、という関係性のことだ。ただし注意したいのは、開業率が上がれば経済成長率があがるという因果関係ではないことだ。
日本はどうか。
日本の開業率は5.6%。欧米主要国と比較して、最も高いフランスは13.2%、最も低いドイツでも6.7%となっている。廃業率も3.5%と最も低い。
画像)開廃業率の国際比較
出典)中小企業白書
画像)起業活動指数
出典)内閣府資料
特に韓国と比較するとそのヤバさが明らかになる。起業した法人設立数(2020年)でみると、日本が13万1238、韓国が12万3305(日経新聞調べ)。スタートアップランキングでみると、日本が22位の585社、韓国が39位の331社と、これだけみると日本のほうが優れているように思えるが、日本と韓国とでは人口も経済規模も違うので、それを考えると韓国の方が上になる。また企業価値が10億ドル以上の未上場企業で設立10年以内のスタートアップである「ユニコーン企業」の数(2010~18年)を比べてみても、日本は1社で世界9位、韓国が6社で世界6位と、圧倒的な差がある(科学技術・学術政策研究所HPより)。
画像)日本と韓国での比較
出典)筆者作成
上記表の政策を比較しても、韓国と差がそんなにはない。同じような政策や目標を掲げている。アジア通貨危機でIMFの改革を受け入れた以外に差はみられない。にもかかわらず、開業率は10%以上違う。これは深刻な差であろう。
■ 各党比較
こうした状況に対して各党も公約で明らかにしている。
画像)各党での比較
出典)筆者作成
特に、与党が詳細に明記している。自民党は「スタートアップの創出:日本経済の新しい担い手として、ユニコーン企業などグローバルで急成長するスタートアップの創出を促進します。スタートアップ・エコシステム(起業家、投資家、大企業、大学、独法、行政等が連携し、スタートアップが自律的、連続的に生み出される仕組み)の構築・強化を行います。日本を代表するようなスタートアップの成長や海外展開を官民一体で集中支援する J Startup プログラムを推進します。」と具体的な記載が目立つ。「エコシステム」という点に注目するのはさすがという印象だ。
公明党も「起業やスタートアップの成長をさらに促すため、ベンチャー・スタートアップ企業への政府系金融機関・官民ファンド等を通じたリスクマネー供給、豊富な資金・育成ノウハウ・海外ネットワークを持つ海外のベンチャーキャピタルの呼び込み、出口戦略の多様化のためにスタートアップのM&Aを促進する環境の整備に努めるとともに、民間資金の呼び水となるよう、税制面でのさらなる優遇措置を検討します。」となど資金調達支援についても具体的な政策を提案している。
明確に、スタートアップ・起業がなぜ必要なのか?の問題意識を明らかにしたのは国民民主党である。「「人への投資」、デジタル化、カーボン・ニュートラル対策、インフラ整備、スタートアップの分野に「大規模、長期、計画的に投資、経済全体の生産性を向上させて国際競争力を回復させます」という政策を主張している。
■ 起業すりゃいいってもんではない
ただし、スタートアップを経営している身としては、いろいろ言いたくなる。難しいことが多すぎるのだ。そもそも、お客様を見つけるのが大変である。特に、大手企業となると、うまく話が進んでも、なかなか契約してくれないこともある。ベンチャー企業は大手よりリスクはあるし、決裁権者が契約したがらないのも当然だろう。特に、行政の仕事は大手じゃないと入れない。業者登録や実績の壁・・・。ベンチャー企業は大手の「下請け」としてはいらざるを得ない。起業推進を国として進めるのなら、国の事業からベンチャーへの発注重視などを始めて欲しいと思うのだ。中抜き・多重下請けの問題解決にもつながる。また、大手企業はノウハウやナレッジを平気でかっさらっていきがちだし、下請けに対して露骨に厳しい対応をしてくる。その辺のトラブル対応への支援も必要だろう。
実際、開業率を上げることを目標に注力するとどうしても開業率が高い建設業などに依存してしまうかもしれない。開業率の低いが、IoTなど先端技術の可能性がある製造業や情報通信業にも期待したいところである。
各党、起業支援で様々な政策をうっていて、これまでの大企業信仰が少しは薄れてきて、起業という挑戦をする人が増えるかもしれない。実際、学校現場でのスタートアップ教育も始まっていて、高校生たちの起業熱も高いので、未来は明るい。スタートアップ支援の「具体的」「実質的」強化を期待したい。
トップ写真:六本木ヒルズ森タワーから見た東京の空撮画像(2015年3月20日)
出典:Photo by Frédéric Soltan/Corbis via Getty Images