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.国際  投稿日:2022/12/18

主権国家の主権の強化【2023年を占う!】国際情勢⑤


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・グローバル化後退の中、国際潮流の第5の特徴は主権国家の主権の強化。

・各国は、国家としての独自の自主性、つまり主権の行使をより強固に発揮する。

・日本が政府主導で主権の行使を強めることは、なお幾多のハードルも予想される。

  

2023年を占ううえでの国際潮流の第5の特徴主権国家の主権の強化である。

国家と国家の協調がグローバル化の後退で減れば、各国家は独自の判断をより多く下すことを迫られる。自国自身の独自性、つまり主権の行使をより明確に、より強固に発揮することを求められるわけだ。

この傾向は集団安全保障への依拠と一見、相反するかにみえるが、自国の内政や外交など国のあり方をこれまでより多く自国自身の判断で決める流れがグローバル化後退と表裏一体となって強まることはごく自然である。

アメリカのトランプ前政権の「アメリカ第一」主義もまさにアメリカ合衆国という主権国家の主権の発動だった。アメリカ独自の判断こそが自国民の利益を拡大するという考え方に基づく主権主張だった。ごく当たりまえのことだったのだ。

思えばどの国も自国と自国民の利益を最優先することが当然だったのに、その簡明な現実を率直に表現しない、あるいはできない傾向があった。「国際協調への配慮」とか「グローバル化への同調」という要素への考慮が自明の現実を覆い隠す国際的な流行のような傾向があったからだろう。

グローバリゼーションという言葉が全能の神のようにもてはやされた時代は長かった。個別の国家の利害関係よりも地球全体、人類全体こその利害を優先して考えねばならない、という流行的な思潮だった。グローバル市民などという言葉や概念が○○国の国民ということよりも優先される流行だった。

 だがいまやその種の国際傾向は後退し、縮小してしまった。それぞれの主権国家が自国に関する諸案件を自国独自に処理せねばならない環境が強まったのだ。自国にとっての重要政策のあり方を決める際に友好国や同盟国など他国に相談する余地が減ったのだ。

他国の実例や意見を自国の政策に反映させるという年来の傾向がどの国でも従来よりは減少したのだといえる。つまり主権国家が主権を十二分に発揮しなければならなくなった、ということである。

 国際関係の基本を改めて考察すれば、この世界を実際に動かす主役はやはり個々の主権国家であることが明白となる。この世界で実際の行動への実権を持つのは国際連合よりも欧州連合(EU)よりも、アメリカ、イギリス、ロシア、中国というような主権国家である。国際的な組織や機関は実効ある強制的な措置をとる権限がないのだ。

 歴史的にも、いまの主権国家という存在やその基盤となる概念は17世紀のヨーロッパでの30年戦争の結果、産み出されたウェストファーリア条約での成果である。個々の人間の集団が改めて国家という形をとり、その国家がそれぞれ個別に自主独立の最高権限を有する主権国家となる。その主権をすべての国家が相互に認めあう。これが世界の現実なのである。

 だから新しい年の世界では、アメリカはアメリカらしく、イギリスはイギリスらしく、そして中国やロシアもまた自国の力や意思をより明確に、国家としての独自の自主性、つまり主権の行使をより強固に発揮するということである。

 しかし日本にとってはこの主権国家の主権強化も、苦手な課題だといえる。戦後の日本は戦争での惨禍への教訓などから、国家が強い主導権を発揮することに微妙だが根強い抵抗が絶えなかったといえよう。主権在民の民主主義が確立されたとはいえ、国家や政府が一定以上に強い力を行使することには、国民側の複雑な反発がちらつくことも多かった。

 日本では国家というと、連想ゲームのように国家権力という言葉がつながってくる場合が多い。国民一般の間にもそうした連想があるのだ。これは国家を国民とは一体の存在とみず、国民に対峙するような立場にあるのが国家であり、政府なのだという、ときには無意識の感覚だといえよう。

 だが民主国家では国民こそが国家のあり方を決める。国家には国民を強制的に従わせる拘束力、つまり権利があるが、同時に国民を守り、その福祉に貢献するという義務も存在する。だが日本では国家のその権利の部分を強権的にみて、国民側とは距離のある存在として意識する傾向が強かったといえよう。

 だが世界の現実は日本にも日本国家がより自主的な、より断固たる判断を下し、行動をとることを迫るようになってきた。

 だがなお、戦後の日本での国家忌避に近い傾向を考えると、日本国が政府の主導による主権の行使を強めることは、いくら国際環境がそれを求めるとはいえ、なお幾多のハードルも予想される。

(⑥につづく。

トップ写真:イメージ 出典:pengpeng/GettyImages




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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