「遺産争い」は中韓が勝つ?(上) ロシア・ウクライナ戦争の影で その6
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・ロシア軍はウクライナとの戦争で1万両近い装甲戦闘車両を喪失した模様。
・米韓台湾製の半導体が、中国や香港経由でロシアに流れていた。
・韓国の軍需産業が次々と大型契約を勝ち取っている事は事実。
すでに大きく報じられている通り、ロシア軍は今次のウクライナとの戦争で、すでに約2000輛の戦車を含め、全部で1万両近い装甲戦闘車両を喪失した模様である。
この結果、インドに輸出される予定であったモデルが急遽投入されたり、倉庫に眠っていた旧式戦車まで引っ張り出してくる始末だ。
今年6月下旬からは、なんと1950年代に開発されたT-55戦車が投入された。
1958年に登場した時点では、画期的な存在とされ、主砲の口径から「100ミリ砲ショック」と称されるほどのインパクトを西側諸国に与えたものだが、実に60年以上前の話である。
ただ、1970年代まで製造が続けられ、中国でライセンス生産された「59式」を含めた生産数は10万輛を超す。インドシナの戦役で当時の北ヴェトナム軍が多数使用したのもこの59式で、南ヴェトナムの首都サイゴン(現ホーチミン市)にも一番乗りした。
現在は軍事博物館に飾られており、10年ほど前にかの地を旅行した際に初めて実物を見たが、
(ずいぶん小さいな。これじゃ、内部は狭くて大変だろう)
などと思ったのを覚えている。
他にも多数が輸出されており、1990年代の湾岸戦争、イラク戦争でも、サダム・フセイン麾下のイラク軍によって実戦に投入された。この時点ではすでに旧式化は隠しようもなく、米国製M1、英国製チャレンジャーといった新型戦車に対しては100ミリ砲弾など、たとえ命中しても「装甲板をわずかに焦がしただけ」であったという。
そのような骨董品が今次ウクライナに投入されたわけだが、これを本当に機甲戦に投入するほど、ロシア軍はおめでたくない。先月、1輌のT-55がウクライナ軍によって破壊されたが、内部に大量の爆発物が積まれていたという。
無人で、遠隔操作によりウクライナ軍の陣地に突入を図ったが、対戦車地雷で履帯(キャタピラ)を破損し、立ち往生したところに対戦車ロケット砲の集中砲撃を浴びたという。
もしも突入に成功していたら、貧弱な装甲が逆に功を奏して、爆風効果と破片効果で、多数のウクライナ兵を殺傷したかも知れない。
ロシアはついに特攻にまで手を染めたわけだが、人命が失われないことを考えれば、これは侮りがたい。
と言うのは、多数のロシア戦車を屠って名を上げた、米国製の携帯用対戦車ミサイル「ジャベリン」は、一発1000万円以上する。それでも、1輌で数億円もする戦車を仕留められるのならば、コスト・パフォーマンスは上々だと評価できるのだが、倉庫に眠っていた、市場価値としては100万円するかしないかの骨董品を仕留めるのに使ったのでは、バランスシートの観点から、いかがなものか、ということにもなりかねない。
とは言うものの、ロシアが今や深刻な戦車不足に陥り、苦慮していることに変わりはない。
今月初め、国営軍需コングロマリットのロステック社が参加の各工場に対し、
「生産ラインを再編成し、戦車の製造に全ての資材と人的資源を集中すること」
と通達していたことが分かった。このグループは、建設機械やバス、電車などの製造も手がけているのだが、そうした民生品の製造は当分の間ストップすることとなる。
これは今年初め、プーチン大統領が
「年内に新鋭戦車200輛を製造する」
と語った、その「公約」を守るための処置であるらしい。
その一方、ウクライナで鹵獲されたロシア製の対空火器などが、英国に送られて調べられているとが、やはり今月初めに明らかとなった。正確に述べると、前々からそうした噂はあったのだが、ベン・ウォーレス国防大臣が公式にその事実を認めたものである。
腐っても鯛ではないが、将来にわたってロシア製の兵器はやはり脅威である、との認識であるらしい。
ところで、ロシアが新鋭戦車を大量に製造しようとしているわけだが、以前この連載でも取り上げた、
「現在の戦車はハイテクの塊で、ロシアが最新式戦車を思うように揃えられなかったのは、2014年のクリミア併合以降、西側諸国によって課された経済制裁のせいで、電子部品などが供給されなくなったため」
という話は一体どうなったのか、と思われた向きもあるだろうか。
本稿のテーマがまさにその点で、米国や韓国、さらには台湾(!)などで製造された半導体が、中国や香港を経由して大量にロシアに流れていたことが、最近明らかになった。これまた、米国政府筋が情報をあらためて肯定したものである。
半導体や電子機器だけではなく、無人機を大量に輸出していたことも明らかになった。ウクライナにも輸出しているのだが、その20倍に達する数がロシアに流れたという。
今次の戦争に関して中国政府は、
「中立の立場で、国際社会からの要請があれば和平交渉の仲介をしてもよい」
などと言っていたが、その実ロシア、ウクライナ双方に兵器を売りつけていたわけだ。
ちなみに軍用無人機の分野において、中国は今やトップランナーである。
もともと昨年2月にロシアが侵攻し、西側諸国による経済制裁が科されたわけだが、その結果西欧諸国に売ることができなくなった、天然ガスなどの資源を中国が買いたたき、新型コロナ禍後の経済復興に役立てていたことは周知の事実である。
技術面でも、中国の場合はもともとロシア(=ソ連邦)の兵器をライセンス生産したり、独自に改良して配備していたという事情もあり、英国のように鹵獲兵器を研究する必要もない。
その上で、生産の全工程を自国の技術でまかなう体制の確立を目指すのではないか。
たとえば、過去10年来、中国は新鋭軍用機の開発に余念がないが、現状エンジンはロシアから輸入している。
すでに述べた通りの事情で、こうした軍需品の供給をロシアに求め続けるのは事実上不可能となっているわけだが、軍事専門家の間では、遠からず中国が新たなサプライヤーになるだろうと見る向きが多い。
問題は「遠からず」の具体的な期間だが、私が本シリーズにおいて、
「2027年に中国が台湾に侵攻する可能性がある」
との予測に対して疑念を呈したのは、今次のロシアから得た教訓から「軍需品の自給自足」ができる態勢が整うまでは軽々しく軍は動かせない、との判断をするのではないか、との考えからである。
もちろん楽観的に過ぎる予測は禁物で、共産党が本当に軍部を掌握できているのかなど、不安材料も多々ある。今後も注意深く見守る必要はあるだろう。
いずれにせよ軍事大国としてのロシアの威信は地に落ちたが、その技術的「遺産」を受け継いで、米国と世界の覇権を二分する地位に中国が就くことは、もはや避けがたい。
そしてもうひとつ、今次の戦争に際して大いなる利益を得た……と言っては語弊があるかも知れないのだが、韓国の軍需産業が次々と大型契約を勝ち取っている事は事実だ。
具体的な話は次回。
トップ写真:スルトに進撃するリビア国民評議会(反カッザーフィー派)のT-55戦車(2011年10月6日 リビア・スルト)出典:Photo by John Cantlie/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。