【自民党総裁選挙】6 河野太郎氏「政策分析」と「人事評価」
西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)
【まとめ】
・河野氏の政策の特徴は、デジタル技術の導入で公共サービスの効率化の道筋を提示していること。
・日本経済再生のビジョンとして、労働市場改革を強調、雇用の流動化を明確に主張。
・課題は、デジタル庁の「自治体情報システム標準化」のシステム開発業務が自治体で遅れていること。
行政改革の体現者。
小さな政府、規制改革の信奉者。
デジタル政策をとにかく実行していくDX伝導者。
日本経済再生を促すイノベーター。
リアリスティックで柔軟な発想を持つ自由主義者。
1996年に三重県で事務事業評価が導入され始まって以来、政策評価法など数々の行革が約30年行われてきた。なかなか変わらない行政システムに挑戦し、SNSを駆使し、結果を残してきた人がいる。そう河野太郎さんである。「限りある資源を真に必要な部分に効率的に配分」という、経営感覚を持つ人がやっと首相候補の舞台にたどり着いた。
行政の事業において、事業の目的はあいまいで、効果測定方法も明確でなく、効果がでているのか疑問がある事業がたくさん、本当に数多く存在する。そうした行政の根本的な問題に対して強い改革意識を持ち、エビデンスに基づく政策推進(EBPM)への執念を強く持っている男が河野さんである。彼に会ったのは、日本評価学会のイベントだと記憶している。「(筆者の専門である)政策評価は使えない」と目の前で断言され、私は言い返せなかったことは苦い思い出である。正直イラっときたが、その後の事業仕分け、行政事業レビュー、デジタル行財政改革など「改革」を成し遂げてきた。発想の斬新さや過激さと発言で大変誤解されやすいが、河野さんは今回、日本を立て直すプランを提示してきた。
◆ 河野太郎氏とは
1963年1月10日に神奈川県平塚市で生まれた。父親は元自民党総裁、衆議院議員の河野洋平さん、祖父は副総理や建設大臣を歴任した河野一郎さん、祖母の父も衆議院議員である田川平三郎さん。母方の曽祖父は伊藤忠商事創設者の伊藤忠兵衛さん。血液型O型、弟がいる。平塚市立花水小学校を卒業し、慶應義塾中等部に進学。エスカレーターで慶應義塾高等学校に進学。競走部(陸上競技部)に入って主将を務めるなど熱心に活動したそう。現在もランナーである。高校卒業後、慶應義塾大学経済学部に入学したが、2ヶ月で退学して渡米。その後、1982年9月にアメリカのジョージタウン大学に進学、1985年12月に卒業した。1986年、富士ゼロックスに入社、シンガポールの富士ゼロックスアジアパシフィックでも勤務。1993年、電機メーカーの日本端子に。サラリーマン生活もそれなりに長く、転職も経験している。1996年、衆議院議員選挙に出馬、初当選。その後、当選を重ね、外務大臣、防衛大臣、規制改革担当大臣など、さまざまな重要な役職を歴任した。
ネイティブ並みの英語で丁々発止で交渉するなど外交の舞台でも活躍したとも聞く。規制改革ではオンライン診療の解禁・拡大、熊本でのプッシュ型支援実施、新型コロナワクチンの高齢者向け7月までの摂取や1日100万回というミッションを達成、マイナンバーカード普及促進・・・・・実績も着実に積み上げていて、その優秀さは際立っている。
◆ 河野太郎の政策の特徴
男女の賃金格差及び正規・非正規雇用の格差是正、同一労働同一賃金同一待遇の徹底、社会保険料が「現役世代の賃金課税」となっていることを改めること、労働意欲の促進を目的とした勤労所得税額控除の検討、データに基づいた投資促進、産業創造(交通、医療・介護、教育、小売)、AIガバナンス・デジタル外交などを提示している。
特徴は第一に、国民起点・国民目線の改革である。デジタル技術の導入で公共サービスの効率化や有効性向上の道筋を提示する。これによって国民の「面倒」「手間」を削減できる。さらに左右の政治思想の対立や利害対立のレベルを超えた、オープンな政治基盤を提案する。
・「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化」を実現する
・デジタルシステムで給与支払を都度、一本化された窓口にデータ提供し、きめ細かな給付などをしやすい仕組みにする
・「行政事業レビューを活用しEBPMを徹底することで、効果の薄い事業はゼロベースで見直す」
・経済、財政、社会保障の推計や見通しを適正なものにするため、「独立財政機関」を設置する
・さらなる官僚の働き方改革を進めるため、質問主意書の答弁に対して一律に行っている内閣法制局の審査は廃止し、限りある行政資源を真に必要な部分に効率的に配分する
【出典】河野さん政策
第二に、日本経済再生のビジョンと実行プランの質である。過去には「アベノミクスで企業の利益は非常に大きくなったが、個人の所得にはつながらなかった」と指摘していて、一線を画している。
・規制改革で様々なイノベーションを促す
・リスキリングなどセーフティーネットを構築する
・労働市場改革によって人の移動を可能にする
という3つのことを同時に行う、まさに、まっとうな経済再生シナリオである。
特に、躍動感ある労働市場改革を強調し、雇用の流動化を明確に主張する。「国民の所得を増やすための躍動感ある労働市場をつくらなければならない。契約社員や派遣社員がより付加価値の高い仕事にスキルアップをするためセーフティーネットが必要だ」と主張し、もちろん解雇規制については見直しに積極的である。
・個人にとっても企業にとっても躍動感ある労働市場を創り出す
・社会保険料が「現役世代の賃金課税」となっていることを改める
・メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の組合せによる新・日本型雇用で、給与が構造的に上がる労働環境をつくる
・データに基づいた投資を行いやすくするために、地域におけるサービスの需要をオープンデータ化し、企業と共有しながら地域活性化につながる産業を創り出す(交通(ライドシェア)、医療・介護、教育、小売)
・人的資本に投資する仕組みを作る(伝統工芸の技術、旋盤など高度な物作りの技術、高度なプログラミング、地域コーディネーター等)
・リスキリングを受けやすい社会環境を整備する
・規制改革を断行し、社会的課題解決をキーワードに、民間主導の投資の好循環を創り出す(自動運転、スマートグリッド、GX、廃棄物・循環型経済)
【出典】河野さん政策
筆者が「日本経済をターンアラウンドする」という政策を提案しているが、ほぼほぼ一致する内容になっている。
課題は、特にない。あえて指摘するなら、現在のデジタル庁での政策推進面だろう。「自治体情報システム標準化」という全国の自治体で20業務(住民基本台帳、印鑑証明、戸籍、個人・法人・固定資産税、介護保険、障がい者福祉など)のシステム開発業務がある。簡単に言って、各自治体が使用しているこれらのシステムえを新たに開発し、AWSなどのクラウドに令和8年3月までに移行しなくてはならないというものだ。全国の自治体の多くが苦労し、スケジュールが遅れている。
システム経費は当初の30%のシステムコスト削減目標は達成どころか、逆に数倍になると予測されている。デジタル庁の部下には自治体現場を丁寧に聞いたうえで、事情を踏まえて、理想と現実のギャップを理解させたうえで、適切なプロジェクトの進め方か大胆な意思決定をしてもらいたい。
一度にやるので各ベンダーは人手不足で開発が遅れている。なぜ一律一気にやるのか。地方自治体では各システム導入・移行が一気に集中する、その負担を理解しているのか。期限まであまりに時間がなさすぎて、自治体職員の疲弊は相当のものである。
また、大手ベンダーが契約先ではあるが、実際のところ、個々のシステムは地方のシステム開発ベンダーが開発していたり、ゼネコンみたいな下請け構造がそこにはあるのにそこには手をつけない。確かに「公共サービスメッシュ」という、国民のあらゆる手続きがスマートフォンで60秒で完結する社会を実現するという長期的な目的は素晴らしい。しかし、プロジェクトの進め方があまりに問題が多い。
◆ 人事評価
筆者は人事評価の専門家として「政治家の人事評価」などを提起してきた。ここで、「首相の人事評価」を考えたい。総理大臣の「能力」「成果が出せる行動特性(コンピテンシー)」は以下になる。
◆1.未来の方向性を示せる、共有できる
◆2.組織マネジメントができる
◆3.決断・意思決定ができる
これをしっかりできれば十分なのだが、河野さんをこの視点を細かく見ると以下のようになる。
▲表 筆者作成
政策に詳しく、その先進的なアイデアや自由な発言は、スピードが速すぎたり、個性が強いため、人によっては好き嫌いが分かれる。原発廃止論者なのに、今回はスタンスを変更するなど教条主義的な人でもなく、柔軟性がある。「国民に対しての説明責任」を重視し、時にはブロックしたり、過激な発言で問題提起をして周りを戸惑わせたりもするが、SNSで常に意見交換をし、聞いたらスピーディーに行動する人は政治家にいるだろうか。政策、いや政界の「イノベーター」といっても言い過ぎではないだろう。
社会の安定重視、リスク重視で何も変えないで現状維持・先送り体質、責任を誰かに帰する空気の支配がはびこる権威主義社会・・・・これらを打破する可能性、打破できる実行力を持つ。改革の旗手である河野さんに期待したい。
トップ写真:河野太郎氏(2024年9月13日東京都千代田区)出典:Franck Pobichon – Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント/未来学者
経営コンサルタント/政策アナリスト/社会起業家
NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、株式会社ターンアラウンド研究所代表取締役社長。
慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア株式会社入社。その後、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)にて地方自治体の行財政改革、行政評価や人事評価の導入・運用、業務改善を支援。独立後、企業の組織改革、人的資本、人事評価、SDGs、新規事業企画の支援を進めている。
専門は、公共政策、人事評価やリーダーシップ、SDGs。