トランプ氏はなぜ勝ったのか ドーク教授の分析 その9 では日本はどうなのか
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・日米を強く結びつけていたのは、リベラリズムの上に築かれた共通の価値観、「民主主義」であった。
・ここでの民主主義とは「他者への寛容」「自分とは異なる意見への尊重」。
・しかしアメリカではそのようなリベラル文化が死につつあり、宗教的に中立な国家からも離れつつある。
古森義久「アメリカで顕著となったキリスト教の教えに対する左派からの攻撃はヨーロッパでも起きていた、ということですね。フィンランドの実例もきわめてわかりやすいです。こうした葛藤がその国の政治全体をも変えていく、ということでしょうか」
ケビン・ドーク「そうですね。しかしながらフィンランドでのこの争いも、アメリカでのジャック・フィリップス氏の事例と同様にそのまま終わりはしませんでした。フィンランドで人気のある検察官のアニュ・マンティラ氏はキリスト教の教えを説く側に有利となった地方裁判所の判決に反対し、控訴したのです。
このとき65歳となっていた前述のラサネン博士はこの裁判が少なくとも1年、あるいはそれ以上に何年も長引くだろうという予測を述べました。そのとおり、マンティラ検察官は2023年11月に控訴裁判所で敗訴した後、このケースをフィンランドの最高裁判所にまで上告するという意思を表明しました。
こういう事案は法的な根拠が弱くてもキリスト教徒をいやがらせるために裁判所を利用するという実例はアメリカだけに限られてはいないことを示しています。LGBT活動家たちのグローバル規模での戦略のようなのです。
そして伝統的なキリスト教の価値観が高く尊重されてはいないフィンランドでの実例でも明らかになったように、国民の多数派が少数派であるキリスト教徒に対して敵対的な民主主義諸国では、この戦略は成功することが多いともいえます。自由民主主義にとっては好ましくない現象なのです」
古森「いわゆる左翼がLGBTのような一般受けのする主張を前面に出して、結局は伝統的なキリスト教の教えを攻撃する。その動きが民主主義の真髄にも影響を及ぼし、やがては国家全体の政治のあり方をも変えていく。そんな連鎖の反応だといえるでしょうか」
ドーク「はい、ただしアメリカのこうした変化について私たちがまず認めねばならないことは、真の意味でのリベラリズムがまだ死んではいないけれども、死につつある、という点です。この場合の真のリベラリズムとは『他者への寛容』、あるいば『自分とは異なる意見への尊重』を意味します。
私はリベラリズムについてはフランスの著名な哲学者ヴォルテールの言葉『私はあなたが言う事には賛成しないが、私はあなたがそれを言う権利を死んでも護るだろう』という考え方を信じてきました。しかし現在のアメリカではこのようなリベラリズムは死んでしまったようにみえます。まず最初には自分たちの社会正義を絶対だとする闘士たちによって殺されてしまい、続いて自分たちの信じることだけが真実だとして戦う保守主義者たちによっても排除されてしまったのがアメリカの真のリベラリズムなのです」
古森「ドーク教授はかねてから日本の政治思想をも研究する学究として、アメリカでのこの種の変化が日本にどんな波及効果をもたらすかをも論じてきましたね。ここでその日本への影響について語っていただけますか」
ドーク「はい、わかりました。アメリカにおける真のリベラリズムの死は日本にとっても現実的な影響をもたらすこととなります。強固な日米同盟の最良の基盤は日米共通の価値観であると常々言われています。
では、その共通の価値観とは何でしょうか? 民主主義だとも、よく言われます。しかし民主主義といってもいろいろな意味があります。(たとえば、朝鮮『民主主義』人民共和国の場合はどうか。) それは私たちが意味するところの民主主義の類ではありません。多数派が少数派の信念を支配するのが民主主義か?それもまた問題があります。
戦後のアメリカと日本を結びつけたとされる「民主主義」はリベラリズムの価値観の上に築かれました。つまり自由民主主義、リベラル・デモクラシー、異なる意見に対する寛容と宗教的に中立な国家の価値観の上に築かれた民主主義でした。
日本が依然として宗教的に中立的な国家であるかどうか、あるいは日本国民自身が宗教的に中立的な国家を欲しているかどうかは、私は日本人自身に判断を委ねます。しかしアメリカは確実にそのようなリベラルな文化から急速に離れつつあり、したがって、リベラルで宗教的に中立な国家からも離れつつあるのです。
さて私がこれまでその全体像を説明してきたように、このリベラル文化の死の重要な要素は、LGBT運動が人間の性的活動についてのキリスト教側の反対意見を聞くことを拒絶したことでした。そしてもちろん、保守派も同様に自分たちとは異なる道徳的立場の政治領域における正当性に反対しています。
しかし私がこれまでに述べたように、そのような保守派はアメリカ社会でますます少数派になる可能性が高いのです。私たちに残されるのは政治的な左翼とその国家に対する全体主義的見方になりそうなのです。
(その10につづく。その1、その2、その3、その4、その5、その6、その7、その8)
トップ写真:東京レインボーパレードの様子(2022年4月24日)出典:Photo by Yuichi Yamazaki/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。