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スポーツ  投稿日:2018/12/24

「スポーツは皆で楽しむもの」スポーツの秋雑感 最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

女子カーリング日本代表「そだねー」が与えた癒し効果。

・冬季スポーツ人口を増やすには「やってみたい」と思わせる事が肝要。

・スポーツを「企業広告」目的のものから、もっと身近なものへ。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て掲載されないことがあります。その場合は、Japan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43321でお読みください。】

 

スポーツの秋雑感と銘打って立ち上げた本シリーズであったが、気がつけば師走である。やはりウィンタースポーツの話で締めくくらねばなるまい、と思っていた矢先、流行語大賞の発表があった。「現代用語の基礎知識 2018ユーキャン新語・流行語大賞」というのが正式名称だが、今年大賞に選ばれたのは「そだねー」であった。

ご記憶の向きも多いであろうが、平昌冬期五輪で銅メダルを獲得した、女子カーリングの日本代表が発信元である。サッカーなどと違い、カーリングではチームぐるみで日本代表を選ぶので、今次の平昌で初めて表彰台に立った選手は、全員がロコソラーレ北見という北海道のクラブチームに属している。

氷上のチェス」と称される理詰めのゲームなので、日頃から一緒に練習していないと、チームとしてうまく機能しないものらしい。そのように理詰めのゲームでありながら、彼女たちには「日の丸なんとか隊」みたいな悲壮感はみじんもなく、投球前に、「ここが狙い目じゃない?」と誰かが発案すると、次々に「そだねー」と相づちを打った。これが流行語大賞を受賞したわけだ。

北海道ではいつも普通に使っている言葉(選手の弁)なのだそうだが、受賞理由のひとつとして、昨今インターネットなどで、殺伐とした言葉のみが人口に膾炙する風潮の中、あたたかい語感の方言が発信されたことで皆に「癒し効果」を与えた、と聞いたときには、流行語大賞も捨てたもんじゃないな、などと思った。

カーリングはまた、英国発祥のスポーツによく見られる傾向だが、試合時間が長い分、休憩も多く「おやつタイム」まで設定されている。これも流行語大賞の候補になった上、彼女たちが食べていたお菓子がたちまち品薄になる、という現象まで起きた。ただ、これでこのスポーツが日本でも一挙に普及するまでにはならないだろうな、とも思った。

カーリングのみならず、スキーやスケートといった冬期五輪の種目は、雪や氷に閉ざされた環境で発達してきたという歴史があり、比較的高価な道具を使う場合も多いので、もともと競技人口が少ない。なにしろ「実は(夏期)五輪で、黒い顔の人ばかりが表彰台に上がるのを面白く思わなかったヨーロッパの人たちが、冬期五輪というものを考え出した」などという話が、まことしやかにささやかれていたほどである。

たしかに夏季の第一回が1896年アテネ大会であるのに対し、冬期の第一回が1924年シャモニー・モンブラン大会と、30年ほど遅く始まってはいるが、当時は有色人種のアスリートなど、ほとんどいなかった。

▲写真 1924年シャモニー・モンブランオリンピック/アイスホッケー 出典:Wikimedia Commons

基本的に、スポーツは上流階級のものだったのである。五輪のもっとも基本的な精神のひとつであるアマチュアリズムも、職業スポーツなどというものを見下す風潮の裏返し、という側面があった。こちらは歴史的事実である。

話を戻して、ウィンタースポーツが陸上競技やサッカーほど盛り上がらないのは、「自分もやってみたい」と簡単には思えない現実が、広く知られているからだろう。

最近、フィギュアスケートで注目度を高めている三姉妹がいるが、聞くところによると、彼女たちの実家は、所属クラブに支払うお金や遠征費など、年間1000万円を越す費用を負担しているそうだ。

少年野球やサッカーでも、金額の差こそあれ、似たような傾向は見られる。むしろ、大金を摘んで名選手を集めたクラブほど強い、という傾向は、ウィンタースポーツよりも顕著かと思われる。

陸上競技や水泳でも、世界大会のレベルになると、シューズや水着の性能によって記録の差が出るくらいだから、どこかの企業チームに属して広告塔とスポンサーという関係になるか、あるいは公的資金でバックアップする、いわゆるステートアマの道を選ぶ以外、事実上、選択肢がなくなってしまう。

ウィンタースポーツにこだわって、ひとつ例を挙げると、スキージャンプの某女子選手の場合、実家がコンビニを経営しているという縁もあって、そのコンビニチェーンがスポンサーになっている、という具合だ。もちろん、富裕層の子弟であれば話は別で、前述のフィギュアの三姉妹の場合は、地元では有名な実業家を祖父に持つと聞いている。

夏冬を問わず、スポーツがもともと富裕層の娯楽であったことは事実だが、今は21世紀である。企業スポーツやステートアマを頭から否定する必要はない。より多くの人がスポーツを楽しめる環境作りに資するのであれば。

▲写真 市民マラソン(イメージ) 出典:pixabay; Free-Photos

ならば、結論は簡単ではないか。企業は広告宣伝効果ばかり追い求めるのではなく、社会的責任に目覚め、国や自治体は「国威発揚」などではなく、もっと単純かつ地道な、納税者の健康増進という観点から、スポーツに出資すべきだ。

冬期五輪でメダルを取った快挙とか、流行語大賞もよいけれど、北海道の小さな町のクラブチームが世界の舞台で輝いたことの意味に、もっと注目しようではないか。

(シリーズその1その2その3その4その5その6その7 全8回)

トップ写真:平昌オリンピック・女子カーリング日本チーム 出典:Wikimedia Commons


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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