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.国際  投稿日:2019/7/3

中印対立激化は日本に好都合


文谷数重(軍事専門誌ライター)

【まとめ】

・一帯一路の鉄道完成で中国の潜在的行動力は向上。中国強硬化へ。

・中印対立など南アジア内陸部で不安定化もたらし、中国は力を費消へ。

・中国の脅威の西方化により日本の安全保障には好都合。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46563でお読みください。】

 

一帯一路は順調に進んでいる。これは中国が主導する交通と市場の開発である。一帯は中央アジアを経由し欧州に至る地域の開発を指す。一路は同じくインド洋から欧州・アフリカ東岸に至る経路の開発である。

構想には中尼鉄路建設も含まれている。中国主要部からチベット自治区を経由しネパールに至る高原鉄道の建設だ。すでにラサまでの青蔵鉄路、そこからシガツェに至る拉日鉄路は完成した。国境のギーロンまでをつなぐ日吉鉄路も完成間近である。そして2020年からはカトマンズへの延伸工事が始まる。

▲図 中国とネパールを連絡する中尼鉄路。青蔵鉄路、拉日鉄路、建設中の日吉鉄路を経てカトマンヅに至る。筆者作図。

この拉尼鉄道建設は日本の安全保障にとって好都合ではないか?

鉄道は南アジア内陸部に対立を引き起こす原因となるためだ。その理由は次の3つ。第1に中印対立を助長すること。第2にチベットにおける民族性矛盾を拡大させること。第3に南アジアにおいて中国強硬化をもたらすことだ。

 

■ 一帯一路は悪い話ではない

一帯一路は日本にとって悪い話なのだろうか?

中国脅威論の立場では悪夢とされる。中国による世界支配とされる。かつての日本軍国主義による世界征服、八紘一宇と同じ扱いである。

だが、日本にとっては悪い話ではない。中国の進出方向が日本の真反対となる西に向かう形だからだ。

中央アジアへの進出は中露の潜在的な対立をもたらす。これは以前に「『一帯一路』協力は日本の安全保障の利益」で述べたとおり。

同様の事態は南アジアでも発生する。中国とネパールを結ぶ中尼鉄路の建設はそれを引き起こす。これも日本にとって都合がよい話となる。中国は南アジア内陸部においても進んで厄介を抱え込むのである。

▲写真 ネパール軽便鉄道。ネパールにも鉄道は存在する。ただし路線長50km、しかも軌間2フィート6インチ/762ミリの軽便鉄道であり平原地帯限りでカトマンヅに連絡していない。写真はWIKIMEDIAより入手した運行状況。(撮影:Ralf Lotys)CC BY 3.0

 

■ 中印対立の深刻化

中尼鉄路は中国の力量を南アジア方面に吸い取らせる。

第1は中印対立を深刻化させる効果だ。

中尼鉄路によりネパールへの中国の影響力は一挙に増す。ネパールには本格的鉄道はない。物流は自動車と航空機に依存していた。そこに中国鉄道網が延伸するのだ。経済活動における中国要素は急増する。中国との交易や中国物資は従来以上の存在感を示す。またそれにより政治面での中国の影響力も増大する。

インドはそれを無視できない。「ネパールは自国勢力圏である」。インド人はそう見ている。そのネパールが中国側に傾く。これはインド国民にとっては中国の侵略と自国領土の喪失に見えるのだ。

このためインド政府は中国に対し強硬的立場に転じる。インド政治体制は民主主義である。しかも大衆迎合的な傾向も強い。国民感情は放置できない。つまり鉄道は中印関係の不安定、敵対化をもたらす。両国はもともと国境紛争を抱えている。その上にネパール問題が生じるのだ。

中国もそれに対応せざるを得なくなる。強硬化する大国インドとの対立に軍事力や外交力を費消させられるのである。

 

■ 国内民族性矛盾の増大

第2の効果はチベットでの民族性矛盾増大である。

中尼鉄路の建設は中国のチベット統治も向上させる。

これまでチベットにおける中国化は限定的であった。なにより辺境かつ交通不便である。中国経済や文化の伝播は遅い。だが、中尼鉄道整備はその状況を変える。経路に当たるチベット鉄道輸送力も強化される結果だ。中尼鉄道整備では建設中の日吉鉄路が完成するだけではない。既存の青蔵鉄路、拉日鉄路も強化される。(※1)

当然だが中国化も進む。交通網での連接強化により中央の影響力も拡大する。これは民族性矛盾を拡大させる。チベット統治や中国化の進展は現地慣習と衝突しチベット人の不満と抵抗を産む。中国はチベット人の抵抗を敵視する。あとはエスカレーションだ。いずれは新疆と同様の事態が生じる。かつての伊塔事件(※2)のような逃散や今の新疆における宗教圧迫の事態も生じる。(※3)

これも中国の足を引っ張る。鉄道建設により中国のチベット統治が進展する結果、チベットは以前よりも不安定となる。やはりその対処に中国は力を吸い取られる。

▲写真 中国の強気は自身を泥沼に引き込む効果をもつ。これは先例がある。例えば2014年のベトナム沖での石油資源開発。強硬策で進めた結果ベトナムの激越な反応をうけた。写真はベトナム国内における対中抗議デモ(2014年11月5日 ハノイ)。出典:flicr ; VOA (Public domain)

 

■ 中国の強硬化

第3は中国を強気にする効果である。

従来、中国は南アジア方面にはあまり強く出ていない。例えば1962年の中印紛争はその好例だ。中国主張の国境線を回復したあとには解放軍は後方に下がった。

これも中国輸送力の限界による。例えば軍事面ではチベットやインド国境に大軍を展開できない。また兵站能力から大規模な軍事行動がとれない。それが中国消極策の要因だ。(※4)

しかし、その構造は変わる。

中尼鉄道完成により中国の潜在的な行動力は向上するためだ。南アジア方面への大量輸送が可能となる。その物質的利益により政治、経済、軍事面での選択肢が増える。可能行動の幅が広がるのだ。

これは中国の態度を強気にする。あるいは強硬策採用の誘惑を与える。例えばネパールやブータンへの影響力扶植、パキスタンとの軍事協力推進、チベット統治強化、中印東部国境での冒険的施策の実施だ。

そして中国が南アジア内陸部に足をとらされる要因となる。中国が強気となれば中印衝突や民族性騒乱は起きやすくなる。また事態発生時のエスカレーションも起きやすくなるのだ。

▲写真 一帯一路の進捗は順調だ。その勢いは止まらないだろう。日本国内では現地の反発が強調されるが現地政府は前のめりだ。しばしば言及されるスリランカ対外債務の問題にしても対中債務より対日債務の方が大きい。写真はハンバントタ港。返済不能により99年間の貸与が決まった。(撮影:Deneth17)CC BY-SA 3.0

 

■ 中尼鉄路は日本にとって好都合

以上が中尼鉄路がもたらす効果である。

日本の対中強行派は一帯一路を問題視している。だが日本の立場からみれば中国の進出方向・脅威の西方化を意味する。好ましい事態である。

その点で敵視すべきではない。中尼鉄路の例なら中印が衝突しても日本は何も困らない。むしろ南アジアやインド洋において帝国主義的傾向すら見受けられるインド支配力の減衰も同時に見込める。

あるいは投資してもよい。まず損はない。ネパールとの鉄道事業は利益を産む。また中国は日本からの借金は面子にかけても返す。これは対中ODAの前例であきらかである。

 

※1)例えば次の記事ではチベット地区全体における鉄道網強化が論じられている。

方華「拉日鉄路拡能改造法案研究」『鉄道与運輸経済』41.4(中国鉄道科学研究院,2019)pp.47-51,125.

なお、中国鉄建の基金に基づく研究である。

※2)伊塔事件は新中国における最大の民族性騒乱である。ソ連は新疆において影響扶植を公然と試みており公務員や教科書のソ連化を進めていた。そして62年には食料不足にあった中国国民の逃散を扇動し伊利と塔城地区から7万人家畜22万頭に国境を越えさせた。これは中ソ対立を決定する一大原因となった。

※3)なお、チベットでの民族性騒動はインドの対中態度を強硬にさせる。インド人の歴史的記憶からすればチベットと新疆はインド影響圏だからだ。例えば英領インドの時代、インド商人やインド巡査もどちらにも所在していた。その経緯から一種の権益感覚を持つ。

※4)もちろん中国の平和主義あるいは徳治主義や協調主義の発露でもある。新中国はベトナム以外には外征はしていない。そのベトナム侵攻も中国衛星国カンボジア侵略への対応で一応の説明はつく。統一ベトナムによるポルポト体制からのカンボジア解放は妥当性を主張できる。ただ、同様に中国による懲罰も理由は立つ。少なくとも無名の師ではない。

トップ写真:青蔵鉄路。チベットにおける中国化の進展は民族的矛盾を産む。すでに2006年に青蔵鉄路が完成した段階で進出した外来商人との軋轢が生じている。今後はチベット鉄道網は網目状に発展する。そのような軋轢はチベット全域で生じることとなる。出典:WIKIMEDIA(撮影:Hiroki Ogawa)CC BY 3.0


この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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