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.政治  投稿日:2019/5/17

ボルトンに関する嘘ニュース


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・ボルトン補佐官は危険人物とのメディアの論調。

・単純な受け売りが同盟国へ広がることの危険性。

・ボルトン氏の行動は対米攻撃への合理的な職務遂行の声。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45776でお読み下さい。】

 

5月17日の産経新聞「正論」は自衛隊OBの伊藤俊幸氏が執筆している。その中に首をかしげる記述があった。

「あの米軍も『侵略抑止』と『祖国防衛』が任務なのだ。今年1月、『ボルトンからのイラン空爆計画策定指示に呆れた国防総省』なる記事が米国で掲載された。今や意思を押し付けるために、他国に攻め込むことは犯罪」云々というのである。あたかもボルトンが「侵略抑止」を越え「犯罪」に踏み込んだかのごとき書きぶりである。

事実を検証しておこう。

まずウォールストリート・ジャーナル(以下、WSJ)が1月13日付で電子版そして翌日紙版一面に「ホワイトハウスがイラン攻撃案を追求」と題するスクープ記事を載せた。WSJは共和党主流派に近い保守系紙だが、時々妙な角度の付いた記事も載る。「妙な角度」とは、ニューヨーク・タイムズ(以下、NYT)が喜んで後追いするような、という意味である。

実際、時をおかずNYT、CNNはじめ反トランプ主流メディアが一斉に後追い報道を行った。いずれも、「ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は危険人物」が基本的論調である。NYTの記事のタイトルは、「国防総省側、ボルトンの行動がイランとの衝突の危険を増すことを恐れる」と一段と角度が付いている。

この間の情勢に関し、基本的ファクトを見ておこう。

2018年9月6日、イラクの首都バグダッド「グリーン・ゾーン」に迫撃砲弾三発が撃ち込まれた。米大使館などが置かれた地域である。直後にイランと連携するシーア派民兵組織が犯行声明を出した。

▲写真 バクダッド上空からの写真 出典:US DEPT OF DEFENCE

二日後、同じくイラクのバスラにある米領事館近くにロケット砲三発が撃ち込まれた。こちらは犯行声明は出ていない。

いずれの事件でも、物的被害は軽微、人的被害はなかった。9月11日、ホワイトハウスは、「わが人員の負傷や米国政府施設の損傷をもたらすいかなる攻撃に関しても、テヘランの政権に責任を負わせる」とする警告声明を発した。

このホワイトハウスの声明は、再度のテロ攻撃で米側に被害が出た場合、「元締め」のイランに対し厳しい対抗措置を取る趣旨と受け止められた。抑止力を効かせたわけである。

さて、WSJの記事は、この過程でボルトンが、イランに対する軍事オプションの用意をペンタゴンに求めるという「普通でない要請」を行い、ペンタゴンと国務省が大いに懸念を抱いたとの「現および元当局者」の証言をクローズアップしている。

「殆ど被害をもたらさず負傷者も出なかった攻撃への対応として、NSC(大統領安保補佐官が中心)が、イランを叩く大規模な軍事オプションの提示を求めることに不安を覚えざるを得ない」というわけである。

さらに「ある元政府高官」が、「関係者はショックを受けた。イランへの攻撃を何と気楽に考えているのかと驚愕した」と記者に語ったという。証言者は全て匿名で、ボルトンにコメントを求めた形跡はない。

NYTは概ねWSJの記事をなぞりつつ、「トランプ大統領が米軍を引き上げ、中東での梃子が失われた時に、タカ派の安保補佐官ボルトンがイランとの紛争に飛び込みかねないという危惧を、国防総省高官らが口にしている」と読者の不安を一層煽る。

「ボルトンは危険」というイメージ自体は、ならず者国家への抑止力となるため、必ずしも悪いことではないが、単純な受け売りが同盟国に広がるようなら問題である。伊藤氏の論はその危険を示している。

上記の一連の報道に対し、次のような反論が出されていることも認識しておくべきだろう。

現に在外公館周辺で砲撃事案が発生した以上、攻撃のエスカレートに備え、イランへの軍事オプションを用意するのは当然であり、いざ重大事態となり大統領から攻撃指示が出た時「考えていなかった」では職務怠慢となる。「ボルトンは合理的になすべきことをなし、職責を果たしたに過ぎない」(ジョー・リーバーマン元民主党副大統領候補)。

▲写真 ジョー・リーバーマン元民主党副大統領候補 出典:Flickr; roanokecollege

マルコ・ルビオ上院議員(共和党)も、「これはボルトンに対する馬鹿げた批判だ。イラクのシーア派民兵はイランの支配下にある。イランは彼らを使ってわが兵を殺し、関与を否定するつもりだ。シーア派民兵によるいかなる対米攻撃もイランからの攻撃として扱わねばならない」と反撃する。

当時ボルトンの首席補佐官だったフレッド・フライツは、リーバーマンの言う通りでそれ以上でも以下でもないと証言する。上記諸記事も、思わせぶりなタイトルや表現に拘わらず、ボルトンが直ちにイラン攻撃を主張したとは書いていない。そこまでボルトンを無謀と描けばフェイク・ニュースになるという意識があるのだろう。

▲写真 フレッド・フライツ氏 出典:Flickr; Gage Skidmore

そして米側の強い警告が効いたのか、その後同種の攻撃は発生していない。なお現在また、イランに近い武装勢力による攻撃準備情報を受け、米軍はイランに対する軍事圧力を強めている。これも「犯罪」ではなく「侵略抑止」と捉えるべきだろう。

ちなみにWSJの5月15日付社説「イランに関しアメリカを最初に非難」(Blaming America First on Iran)は、1月の飛ばし記事の反省もあってか、ボルトン的姿勢を強く支持する内容となっている。

トップ写真:ボルトン補佐官(左)出典:U.S. Strategic Command


この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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