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.国際  投稿日:2019/11/1

ウォーレン候補「出自偽装」


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・「先住民」売りのウォーレン氏、DNA検査で「クロ」の破滅的判定。

・「出自偽装」問題は、左翼が頼る「差別強調政治」の偽善性の象徴。

・ウォーレン氏「出自偽装」問題通じ、米社会の健全化につながる論争に期待。

 

1年後に迫ったアメリカ大統領選挙で、民主党の支持率ナンバー1に躍り出た、党内最左派のエリザベス・ウォーレン候補(70)「出自擬装」という大きな火種を抱えている。

ハーバード大学教授を経て上院議員という華やかな経歴の裏に、白人でありながらアメリカ・インディアンと偽り、「差別修正措置(マイノリティ優遇)」を利用した不正があったのではないかとの疑惑である。

トランプ大統領はウォーレンをポカホンタス(開拓初期のインディアン酋長の娘。殺害されかけた白人を救い、キリスト教に改宗したとされる)と揶揄してきた。しかし、それはポカホンタスを貶めることだとして、「偽造の」(faux)という言葉と掛け「フォカホンタス」と呼ぶ向きが保守派には多い。

▲画像 19世紀に描かれたポカホンタスの肖像画 出典: Wikimedia Commons; Public domain

アメリカのみならず、左翼勢力は近年、アイデンティティ・ポリティクス(差別強調政治)に頼る傾向を強めてきた。すなわち、人種、民族、性別、性的指向などの差異をことさら強調し、被差別弱者の側に立つと主張する政治手法である。

米保守派は、ウォーレン問題を、差別強調政治の偽善性、冷笑性が戯画的なまでに浮き彫りにされた例と捉えている。そのため、民主党内には、ウォーレン氏台頭が、選挙全般において党の足を引っ張る要因にならないかとの懸念が広がっている。

一方共和党側は、トランプ大統領が、「彼女が出てくれば偽装問題を徹底追及して叩きつぶす。安心してくれ」と宣言するなど、ウォーレン氏が正式候補となるのを手ぐすね引いて待っている感がある。「もしウォーレンが『トランプは不正直だ』と一言発すれば、あなたこそ最も根源的な部分で不正直だ、一体あなたは誰で、いかにして今の地位に達したのか、と反撃すればよい」と共和党のある選挙参謀は語る。

▲写真 ハロウィーンで仮装した子どもたちにキャンディを配るトランプ大統領とメラニア夫人(2019年10月28日 ホワイトハウス)出典: Flickr; The White House

具体的に見てみよう。ウォーレン氏の「出自擬装」問題は、元々の人種詐称に加え、不可解な弁明、矛盾した対応と何層にもわたっている。

ウォーレン氏は、ケネディ大統領兄弟などを輩出し、ハーバード大学を抱えるリベラル・インテリの牙城マサチューセッツ州の選出で、地元では安定した選挙戦を戦ってきた。ハーバード大学教授の肩書は、もちろん選挙において「大きな売り」だった。

ウォーレン氏はかねて、アメリカ社会の歴史的な不正を正す「積極的差別修正措置」(affirmative action)の必要を声高に唱えてきた。黒人奴隷やインディアンの子孫に入試、雇用、公共事業配分などにおいて様々な優遇措置を講じる政策である。

白人に対する「逆差別を生む」あるいは「出自の詐称による新たな不正・不公平を生む」との批判には、「あなたは白人至上主義者か」とのレッテル貼りで対抗してきた。ところがその本人が、まさに被差別者優遇措置の不正利用を問われたわけである。

ウォーレン氏は、出自を出世に利用したことは一切ないと強調する。しかしワシントン・ポスト紙の調査で、弁護士時代の登録書に「アメリカン・インディアン」と手書きで記していた事実が明らかになった。その1年後にペンシルベニア大学に教員採用され、さらに数年後には、ハーバード大学教授に「栄転」している。

▲写真 ハーバード大学。ウォーレン氏は「マイノリティ教員」のリストに掲載されていた。出典: Flickr; David Ohmer

米国では、エリート校であればあるほど、教員の「多様性」確保に気を使う。特にハーバードの場合、ウォーレン氏の教員採用当時、アメリカ先住民の教員を欠きながら「多様性に満ちたキャンパス」を謳うのは虚偽広告との訴訟に晒されており、人事に当たって「先住民」という要素が考慮されなかったとは考えにくい。現にペンシルベニア大、ハーバード大ともに、公表した「マイノリティ教員」のリストにウォーレン氏の名前を入れている。

作年秋、ウォーレン氏は疑惑を払拭するとしてDNA検査を受けたが、まずこの行為自体が先住民団体から強い批判を受けた。「アメリカ先住民」であるか否かは、その伝統文化および苦難の歴史を受け継ぐ意志に存するのであり、「血の濃淡」は関係ないからである。

白人であっても、結婚等を通じてインディアンの家庭に入り、伝統継承活動に熱心に参加すればインディアンと見なされる。血筋はインディアンであっても、その文化に意志的に背を向けるならば、インディアンとは見なされない。そしてウォーレン氏は、先住民団体の活動におおむね無関心だった。

しかもDNA検査の結果は、6世代から10世代前に先住民の祖先がいた可能性があるが、ない可能性もあるという、すなわち「インディアンの血」の濃さは平均的な白人以下という、ウォーレン氏にとって「破滅的」(devastating)なものだった。

▲写真 チェロキー族に関する出版物 出典: Flickr; Steve Snodgrass

その後、先住民の子孫に当たる女性研究者が、ウォーレン氏の先祖は、本人が主張するチェロキー族どころか、逆にチェロキー族の土地を強奪した白人だったとする調査結果を発表し、ウォーレン氏の「破滅」は一段と深まった。

地元マサチューセッツ州の有力紙ボストン・グローブも、「ウォーレン氏はいかなる部族の一員であったこともない。彼女は白人だ」と突き放し、真摯な謝罪と誠実な情報公開を求めている。

ウォーレン氏が、民主党の大統領候補になれば、共和党側は、その出自擬装問題を、「差別強調政治」一般の偽善性の象徴と捉え、徹底的に突くだろう。単なるスキャンダル追及ではなく、アメリカ社会の健全化につながる論争となることを期待したい。

トップ写真:民主党大統領選候補のエリザベス・ウォーレン氏(2019年5月31日 カリフォルニア州オークランド)出典: Flickr; Gage Skidmore


この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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