人類と感染症11 感染症の原風景は「農耕生活」
出町譲(経済ジャーナリスト・作家)
【まとめ】
・「農耕生活」が人口増をもたらし、感染症を引き起こした。
・家畜を飼い集落での生活は、感染症まん延の絶好の舞台。
・自力で増えないウイルスは生き残るため、動物に入り込む。
新型コロナウイルスとの先の見えない戦いはこの先どうなるのか。どこで終息し、どんな世界が待ち受けているのか。皆目見当がつかない。私はその手掛かりを得ようと、歴史を探ってきた。真っ暗中、少しでも光を照らしたい。今回は1万年前の感染症の原風景を探ってみた。大事なキーワードが浮かび上がる。「農耕生活」だ。
人類はもともと、狩猟生活を送っていた。木の実やキノコを採集し、シカやウサギをとっていた。場所を転々とする気ままな生活だった。移動が多いだけに、一緒に生活する集団は少人数だった。そのころは、感染症に脅かされるリスクも小さかった。当時の状況は、ベストセラー、『サピエンス全史』(河出書房)に詳しく描かれている。
「カリスマ的なリーダーの先導によって、ときおり縄張りの外に出て新しい土地を模索した。こうした放浪は、世界各地への人類の拡散の原動力だった」(同書、上 P68)。
狩猟民族は、どの食べ物に栄養があるのか、どれを食べると具合が悪くなるのか、などを知っていた。
▲写真 狩猟の実践を示す木炭画 出典:Zeynel Cebeci
それが劇的に変わるのは、およそ1万年前だ。人類が農耕生活と始めたのだ。一カ所に定住し、村ができた。
農耕生活は中東で始まり、拡大した。小麦は、1万年前ただの野生の草で中東の狭い範囲だけで作られていたのが、農耕生活でそれが一気に世界に広まった。人類は、朝から晩まで小麦の育成に時間を使った。
「人間は日の出から日の入りまで、種を蒔き、作物に水をやり、雑草を抜き、青々とした草地にヒツジを連れていった」(同書、P104)。
放浪生活をやめたため、女性は毎年、出産できるようになった。畑では一人でも多くの働き手が必要だった。人口が急ピッチで増えた。狩猟生活では考えられないスピードだ。人口が増えれば、畑を広げなければならない。当然、人類の排泄物も増える。それに目をつけたのは、ウイルスや細菌だ。人類の体の中に入って、感染症を引き起こした。
そのころ、もう一つ革命的な出来事が起きる。人類は、次々に野生動物を家畜にした。牛、馬、羊、ラクダ、鶏などだ。人類の配下に収められた。肉や生乳、卵などの食用のほか、羊毛や皮革、さらには労働力ともなった。
自然に群れをつくっていた牛は、狭い囲いに押し込められた。オスの牛は去勢され、農作業に駆り出された。ムチや棒でたたかれた。また、メスの牛、ヤギ、ヒツジなどからは乳を出させた。子を産んだ直後を狙った。
「農民は、動物たちに乳を出し続けさせるために、子を産ませる必要があるが、子供たちに乳を独占させるわけにはいかない。歴史を通じて広く採られた方法は、生まれた直後にあっさり子を殺し、母親から搾れるだけ乳を搾り、それからまた妊娠させるというものだ」(同書、上P125)。
農耕民は、残忍なまでの方法で、動物を支配した。増え続ける人口に対応するため、耕作地を広げる必要があった。さらに、あえて、食べきれない量の農作物の生産に踏み切った。貯蔵するためだ。飢饉を恐れて、将来のリスクを考えるようになった。その日暮らしの狩猟民の生活から一変したのだ。貯蔵された農作物。それを虎視眈々と狙っていたのは、ネズミだ。格好の餌になる。ネズミはノミやダニを通して、感染症を拡げる。
農耕生活が始まる前、人類が飼っていたのは、犬だけだった。感染病の被害は少なかった。少人数なので、感染症もまん延しにくかった。ところが、農耕生活で家畜を飼うようになった。さらに、多くの人が住む集落ができた。感染症まん延の絶好の舞台ができたのだ。
これらの動物は家畜化される以前から、ユーラシア大陸の草原で群れをなしていたが、人類が支配下におさめた。
人類は動物の頂点に立った。しかし、そんな人類もコントロールできないのが、ウイルスや細菌だ。感染症に化けて襲い掛かる。人口が一気に減少する要因にもなる。
▲写真 細菌(イメージ) 出典:Pixabay; Arek Socha
それでは、ウイルスや細菌はどのようにして、人間社会に襲い掛かるのか。ウイルスは、インフルエンザやはしか、水ぼうそう、エイズなどを引き起こす。一方、細菌は、ペスト、コレラ、結核、破傷風などだ。
細菌とウイルスは似ているが、調べてみると、違いがあった。大きさは、ウイルスは細菌より、はるかに小さい。10分の1から100分の1ほどだ。ただ、もっと本質的な違いがあった。
細菌は、細胞があり、自分で成長してどんどん子孫を残せる。細胞分裂を起こす。一方、ウイルスは、自分で細胞を持たない。自力で増えたり、子孫を残したりすることができない。生き残るためには、ほかの動物の体の中に入り込む。ウイルスが入り込む動物こそが、「宿主」(しゅくしゅ)と呼ばれている。インフルエンザウイルスならカモ、エイズウイルスはサルだ。今回の新型コロナでは、コウモリとみられる。
ウイルスは、その「宿主」にじっとしていれば、大人しい。共存共栄している。人間が大腸菌を持っていても病気にならないのと同じだ。しかし、「宿主」を出て、ひとたび、人やほかの動物にうつれば、病気を引き起こす。しかも、ウイルスは変異して、狂暴になる可能性がある。インフルエンザウイルスは、ほ乳類が100万年かかる進化を1年でやってのける。
▲写真 ウイルス(イメージ) 出典:Public Domain Pictures.com
今回の新型コロナはまさに、狂暴化したウイルスだ。人類はただ、慌てふためく。治療薬もワクチンもない。親しきものをなくし、悲嘆にくれる。見えないウイルスが社会に無数に散らばっている。その恐怖が世界を覆っている。
長崎大熱帯医学研究所教授の山本太郎氏はこう指摘する。
「人類が感染症を本格的に体験するのは約1万年前です。農耕生活が始まり、人間が野生動物を家畜化したことが引き金になりました。野生動物の持つウイルスが人間と社会に持ち込まれ、病気を発生させます」
「僕たちの社会にはいつも様々なウイルスが入り込もうとしている。たまたま社会がそれに適した状態になっていると、ウイルスが入り込み、わーっと広がっていく」.(読売新聞3月29日付)。
農耕社会が感染症の土壌になったように、現在も、感染症が起きやすい環境なのか。
(続く。「人類と感染症」1、2、3、4、5、6、7、8、9、10)
トップ写真:動物の群れ 出典:Pexels
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この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家
1964年富山県高岡市生まれ。
富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。
90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。
テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。
その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。
21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。
同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。
同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。