宗教と資金活動について(上)異文化への偏見を廃す その6
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・安倍元首相を撃った山上徹也容疑者の供述から、「旧統一教会」が注目されるようになった。
・韓国のキリスト教徒は総人口の3割近くを占め、2割程度とされる仏教徒より多い。
・宗教と資金活動の問題は、デリケートな面があり、一筋縄では行かない。
シリーズの冒頭、安倍元首相が射殺された事件の話題から始めたが、なんの因果か締めくくりもこの話題からということになった。
手製の銃で安倍元首相を撃った山上徹也容疑者の犯行動機が、少しずつ明らかになってきたからである。
ここで少し余談にわたるが、まずタイトルの「偏見を廃す」という表記について、ある読者から「排す」の間違いでは、とのご指摘をいただいた。
漢字の使い方としてはその通りであるのだが、個人の感覚や信仰に関わる問題なので、排除とか排撃といった言葉を連想させる表記は避けたいと思い、偏見などは自然に廃(すた)れて行けば、との願いも込めてこの表記を選んだものである。
山上容疑者という表記についても、まあ現行犯逮捕だから、100%彼が犯人で間違いないのだろうが、やはり法に照らすと、有罪判決が確定するまでは「推定無罪の原則」というものがあるので「犯人だと疑われる人物=容疑者」と書かねばならないのだ。
話を戻して、容疑者の供述から、にわかに注目されるようになったのが「旧統一教会」である。
彼が中学生の頃、母親がこの教団に入信し、相続した不動坦や亡夫の保険金まで寄付する有様で、この結果、実家が経済的に破綻してしまった。そうした経緯で教団を深く恨むようになり、そのトップを殺害しようとしたが、イベントは警戒厳重で断念せざるを得なかったという。
その殺意が安倍元首相に向けられたのは、祖父である岸信介・元首相の時代から教団に協力し、安倍元首相自身が関連団体の集会にビデオメッセージを寄せたのを見たから、ということであるらしい。
どこまで本当か、精神鑑定を含めた捜査がもう少し進んでからでなければ、なんとも言えないはずなのだが、マスメディアでは早々に、この教団と安倍元首相ら自民党幹部との関係にスポットを当て、政治家と宗教団体との関わりを問題視するようになった。
その教団こそが、世界基督教統一心霊協会で、統一教会(=協会)の略称で知られていたが、2015年に名称を「世界平和統一家庭連合」に変更した。「旧統一教会」の表記がよく見られるのはこのためだが、組織実態は何ら変わっていないと判断されるので、本稿では「統一教会」の表記をそのまま使用する。
1954年、文鮮明という韓国人が設立した新興宗教で、彼は信者から「地上に降りたメシア」と呼ばれている。2012年に他界したが、その後、未亡人である韓鶴子女史ともども「真の父母」と呼ばれているようだ。
名称から容易に察せられる通り、キリスト教系の新興宗教だが、1968年に韓国と日本において「国際勝共連合」を設立するなど、反共政治団体の一面も持つ。
この団体が岸信介元首相ら、世に言う自民党タカ派の政治家たちとズブズブの、もとい、親密な関係にあったことは今や広く知られるが、ここでその話を「おさらい」するつもりはない。
すでに多くのメディアが報じているし、安倍元首相が射殺された事件との関わりについては、前述のように、未だ裁判も始まらない段階で断定的な論評をするのは、それこそ宗教団体一般に対する偏見を助長しかねない。個人的にはむしろ、事件直後から、安倍批判こそ正義だと大衆にすり込んだメディアが一番悪い、などとネットで息巻いていた「文化人」諸氏は、その後いかがお過ごしなのか、そちらの方が気になるが笑。
……などと嫌みを言っている場合でもないので、今回はこうした宗教団体がどうして生まれ、勢力を伸張させてきたのか。という点にスポットを当ててゆきたいと思う。
まず、日本ではあまり知られていない事実だが、韓国は東アジアでは抜きん出てキリスト教の勢力が強い。韓国人の信仰と聞くと、まず儒教を思い浮かべる人が多いと思うが、実際はそうではない。
2005年の統計によれば、韓国のキリスト教徒は総人口の3割近くを占め、2割程度とされる仏教徒より多い。儒教の信者と認定されているのは0,2%に過ぎないそうだ。もう少し厳密に言うと、なんらかの宗教に帰依している人は総人口の53.1%、無神論者を含めて信仰を持たない人は46.9%で、前者=宗教人口のおよそ5割がキリスト教徒なのである。
信仰の形態も日本とは違い、一般に基督教(キドンキョ)と呼ばれるのはプロテスタント諸派で、カトリックは天主教(チョンジュキョ)と呼ばれて区別されている。
礼拝が行われる場所も、プロテスタントは教会(キョフェ)、カトリックは聖堂(ソンダン)と呼んでいるようだ。
アジア太平洋戦争が日本の降伏という結果に終わったのに伴い、朝鮮半島は独立を回復したが、当時の国際情勢を反映して、南北に分断されたことはよく知られている。
また、北朝鮮において物神化された共産主義思想が、金王朝とまで呼ばれる世襲の独裁体制の背景となったことも、やはり広く知られる通りだ。
これを受けて韓国では、初代大統領のイ・スンマン(李承晩)がカトリックの洗礼を受けていたという事情もあり、思想的な対抗軸としてキリスト教を受容していったのだと見る向きが多い。
写真)ニクソン米副大統領(当時)と握手する李承晩韓国大統領(当時)1953年11月18日 韓国・ソウル
実際問題として、北朝鮮の元工作員で1987年に大韓航空機爆破事件を引き起こしたキム・ヒョンヒ(金賢姫)は、韓国の官憲に捕らえられた後、初めて『聖書』を読んだが、
「北で教えられてきたこと(個人崇拝=指導者の神格化)と、本当によく似ている」
との感想を漏らしたと伝えられる。その後彼女は「改宗」したとも聞くが、詳細まではよく分からない。
ともあれこうした背景があるので、キリスト教系の新興宗教である統一教会が、反共思想とセットで日本での勢力拡大を図ったことも、東西冷戦のテンションが高かった1960年代以降、自民党の重鎮たちがその活動を積極的に支援したことも、さほど奇異なことではないのかも知れない。
ただ、問題はその資金源で、1980年代には「霊感商法」が社会問題化した。さらには「集団結婚式」という儀式も、昭和を代表するアイドル歌手であった桜田淳子が参加するなど、よくも悪くも注目された。
これまで色々なところで述べてきたが、私自身は、金剛禅総本山少林寺の僧籍にある、れっきとした仏教徒である。我が開祖・宗道臣は生前、
「カネをかき集める宗教は、間違いなくインチキだ」
と喝破した。したがって、門徒(=少林寺拳士)は必ず生業に就かねばならず、
「少林寺拳法を飯の種にしてはいけない」
という教えも、今に引き継がれている。
これに異を唱えるつもりは毛頭ないが、世の現実に目を向けたならば、宗教と資金活動の問題は、デリケートな面があり、一筋縄では行かない。
具体的にどういうことなのか、次回さらに掘り下げてみたい。
写真:水原ワールド カップ開会式で演説する文鮮明氏。2012 年 7 月 19 日、韓国・南水原
出典:Photo by Kiyoshi Ota/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。