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.国際  投稿日:2023/8/9

「遺産争い」は中韓が勝つ?(下) ロシア・ウクライナ戦争の影で 最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・韓国製兵器輸出が史上最高額に。ウクライナ周辺国向けが好調。

・戦車やロケット砲などのセールスで大もうけをうらやむ態度は間違い。

・日本は平和産業や娯楽産業でトップランナーの地位を目指すのがよい。

 

少女時代、KARA、東方神起、BTS(=防弾少年団)と聞けば、すぐお分かりになる読者も多いだろう。ご存じ韓国発の音楽エンターテインメント、世に言うK-POPの代表的な面々である。が、若い読者からは「古い!」などと言われるかも知れない。K-POPは今や西暦2000年代に生まれた人たちが牽引しているそうなので。

ところで、K2、K9、K239というのはご存じだろうか。

いずれも、このところ急激に輸出実績を伸ばしているK-WEAPON(韓国製兵器)の代表的なもので、2は戦車、9は自走砲、239は多連装ロケット砲システムである。

ロシア・ウクライナ戦争勃発以降、中国が「中立」を標榜していながら、実はロシアとウクライナの双方に兵器を輸出していたことは前回述べたが、韓国はと言うと、「殺傷力の高い兵器をウクライナに供与することはしない」 との姿勢を明らかにする一方で、ポーランドなど周辺国へは大量の兵器を輸出している。

少しだけ話を戻すと、K2は120ミリ砲を搭載し、自動装填装置(このため乗員は3名)や高性能の火器管制装置などを装備した最新の主力戦車である。韓国では黒豹(フクビョ)という愛称も授けられており、このため「ブラックパンサー戦車」と表記されることもある。

K9は口径155ミリの自走榴弾砲で、機動力が高く(エンジンはドイツ製か米国製のライセンス生産品)、停止して砲撃した後、敵の反撃を受ける前に素早く離脱する「シュート&スクート」の能力に優れるとされる。

K239は8輪駆動トラックの車体に、12連装の口径239ミリのロケット砲を搭載しているが、2種類の口径の異なるロケット弾を運用できる他、コンテナを素早く交換することにより、さらに多様な運用を可能としている。

現有のロケット弾は、GPS誘導で80キロメートル先の標的を正確に狙う能力があるが、目下開発中のそれは射程200キロメートルに達するという。北朝鮮が配備したKN09(口径300ミリ)に対抗するための射程延長であるようだ。

驚くべきは、こうした兵器の輸出額で、昨年1年間の輸出総額は邦貨にして2兆円を突破。言うまでもなく史上最高である。

かの国のGDPは最近いささか伸び悩んでおり、7月13日に韓国中央銀行が発表したところによると、暫定集計で世界13位(1兆6733億ドル)で、昨年の世界10位から後退した。それだけに兵器輸出の増大が際立って見える、という面もある。

目下のところ最大の顧客はポーランドで、本連載でも前に触れたことがあるが、K2戦車980輛、K9自走砲648輛、さらにはK239から韓国国産のFA-50軽攻撃機48機という超大型輸入契約を締結。その金額たるや邦貨にして2兆円近くにもなる。

とりわけK2戦車は、アジア製の戦車が初めて欧米で採用された例となった。

さらにK9自走砲は、韓国向け1300輛の他に全部で2000輛が各国で稼働しており、2000年代初頭(2000~03年)の自走砲輸出において、実にその52%を占めていたとのデータもある。

2010年11月に起きた延坪(ヨンピョン)島砲撃事件では、北朝鮮の奇襲に反撃できなかったとして、内外からその性能を疑問視されたが、後に、実は演習を終えたばかりで砲弾が尽きていたことと、にもかかわらず、急遽装填して反撃したことが明らかになった。

写真:北朝鮮による砲撃を受けた韓国・延坪(ヨンピョン)島(2010年11月24日)

出典:Photo by Getty Images

いずれにせよ、このように韓国製兵器が好調な売り上げを見せる理由は、第一には堅実な設計で米国製などと比べて価格が安いことが上げられるが、同時に、中国と同様、安価で勤勉な識字労働力を豊富に持つことから、短い納期を厳守できていることもあるようだ。

実際、ポーランドがK2戦車の輸入を決めた際の話だが、米国製M1やドイツのレオパルト2も検討されていた。しかし、いずれもポーランド軍が求める納期は「守れそうもない」という返事であったが、韓国の対応は違っていたのである。

加えて、大統領によるトップセールスも功を奏している。

先月末、中部の都市大田(テジョン)で開かれた兵器見本市には、世界数十カ国から軍関係者が訪れたが、並行して、大統領自ら在韓の駐在武官を官邸に招いてプレゼンテーションを行っているし、ヴェトナムを訪問した際には、軍用機の売り込みに熱心であったと聞く。

日本の商社関係者たちも、そのマーケティングは高く評価しているが、実はこれ、わが国にとって「いつか来た道」なのだ。

またしても若い読者に笑われるリスクを覚悟して述べるが、1962年11月、当時の池田勇人首相がヨーロッパを歴訪した歳、時のフランス大統領シャルル・ド・ゴールから、「トランジスタラジオのセールスマン」などと揶揄された、と報じられた。当時の日本にとって、主たる輸出品であったため、売り込みがすなわち外交交渉だったのだろうか。

もっともこの話のネタ元は、反ド・ゴールの急先鋒と称されていた『ル・モンド』紙のベタ記事で、大統領が本当にそんなことを言ったのかは(個人的には、言いそうな奴だったと思えるが笑)、怪しいものだと見る向きが、最近では増えてきている。

トランジスタラジオと並んで、当時の日本は繊維製品も主力輸出品となっており、とりわけ「1ドル・ブラウス」は米国市場を席巻し、米国繊維業界からは恨みの目で見られていた。

そして1964年から始まった沖縄返還交渉において、時の米国政府は、あろうことか「日米繊維戦争」の解決をからめてきたのである。

当時の佐藤栄作首相がこれを呑み、輸出の自主規制に踏み切ったことから、

「糸を売って縄を買った」

などと批判された。国内の紡績業者には補助金をばらまいたが、それでも倒産件数は結構な数に上ったという。

その後も欧米との貿易摩擦は繰り返し起きているが、ここで注意したいのは、日本が売ってきたのは全て民生品だということである。

冒頭でK-POPの話題を持ち出したのも、実は話がここにつながってくる。

K-POPもまた、国策として各国の有名ミュージシャンとのコラボなどを推進し、評価を定着させてきた。

これに対して、半世紀ほども前から、日本の漫画やアニメは欧米で歓迎されているし、最近では音楽やお笑いといったエンターテインメントの分野でも、日本人が世界を驚かせる例が見受けられるようになってきている。

ロシア・ウクライナ戦争の影で、中国や韓国が軍事技術を発展させたり、兵器輸出で大もうけしたりしているのは、紛れもない事実だが、それをうらやむ態度は間違っていると私は考える。

言い方は悪いが、戦車やロケット砲などという「物騒な物のセールス」は中韓にでも譲って、日本は平和産業や娯楽産業でトップランナーの地位を目指すのがよいと私は思うのだが、どうだろうか。

 

(最終回。その1その2その3その4その5その6

トップ写真:演習中の韓国製K2戦車(2015年)

出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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