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.国際  投稿日:2023/2/23

中国の脅威への対処法 その9 アメリカでの制度をみよ


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

 

【まとめ】

・日本では公民ともに国家安全保障面での中国の動向について研究・議論されることが少ない。

・アメリカでは国政レベルで少なくとも3つの公的なシステムが機能しており、総合的・体系的な中国研究がなされている。

・その研究の中には日本の国防に関わる新発見も多くあるため、日本もアメリカのシステムを参考とすべきだ。

 中国が日本にとってこれほど重大な脅威となってきても、肝心の日本ではその中国について研究し、議論するという動きが少ない。

とくに日本の国家としての存立を脅かす国家安全保障面での中国の動向を論じることがほとんどない。国政の場、つまり国会の審議で中国の動きが提起されることがまずない。とくに日本の防衛を揺らがせる中国の軍事動向への言及がない。

 民間をみても同様である。日本の民間の大学や研究機関で中国人民解放軍の動きを調べ、その結果を公表しているところがあるだろうか。少なくとも私はその存在を知らない。この点は明らかに日本の国家としての機能の重大な欠陥といえるだろう。自分自身の存在を脅かす危険性の高い敵性の国家やその軍隊の実態に目を向けない、話題にもしない、というのでは自殺に近い態度とさえ思えてくる。

 では他の諸国は中国の軍事動向その他をどうみているのか。

 同盟国のアメリカの実例を紹介しよう。日本とはあまりに異なる総合的、体系的な方法で中国研究のシステムが築かれているのである。

 国政レベル、つまり政府や議会という舞台での動きをみよう。中国研究、あるいは中国監視という活動を常時、実施している国政レベルでの活動としては少なくとも3つの明確なシステムがある。システムとあえて呼ぶのは、その機能が明確な法律で規定された常設の活動体だからだ。恒常の公的システムだから制度と呼んでもよい。

 まず第一はアメリカ国防総省による「中国の軍事力報告」の毎年の発表である。

 ペンタゴンとも呼ばれるアメリカの国防総省はもちろん米軍を統括する軍事行政中枢だが、この役所が指揮下の陸海空軍や海兵隊を使い、さらに軍部専属の諜報機関の国防情報局(DIA)を動員して、中国人民解放軍の兵器や戦力、戦略などの詳細を調査し、発表する。

 この報告書は毎年、200ページ、300ページに及ぶ。まず連邦議会に送られ、同時に一般に向けて公表される。実に詳細な調査報告書である。この調査報告は2000年に制定された特定の法律に基づき、行政府が毎年、作成して、立法府の議会に送ることが義務づけられている。その土台には中国の軍事動向はアメリカという国家のあり方に大きな影響を及ぼすという認識が存在するわけだ。

 私はこの20年ほど必ずこの国防総省の中国軍事力報告に目を通してきた。同時にその内容の注視すべき諸点を報道してきた。日本のメディアではつい数年ほど前まではこの報告書自体の内容に光を当て、細かく報道するという動きがみられなかったが、最近ではかなり詳細に紹介されるようになった。その内容は日本への直接の軍事的影響が明白な中国軍に関する新発見も多い。そんな新発見が日本自体の官民の組織ではなくアメリカの国防総省によって初めて日本側に知らされるという実例がこれまで数えきれないほど、繰り返されてきた。

 第二は「米中経済安保調査委員会」と呼ばれる組織の活動である。

 この組織は文字通り、米中両国間の経済と安全保障の動きを注視する。厳密にはその活動の目的は「米中両国間の経済関係がアメリカの国家安全保障に与える影響を調べる」とされている。その舞台はアメリカの連邦議会である。

 この米中経済安保調査委員会は議会に拠点をおく諮問機関だともされる。つまり議会や政府から諮問を受けて、特定のテーマを調べ、その結果から得られる政策提言を議会と政府に勧告する、という機能を与えられているのだ。

 現実の仕組みとしては議会上下両院の超党派の有力議員がこの委員会の運営のために合計12人の委員(コミッショナー)を任命する。委員はだいたいが中国や安全保障、あるいはマクロ経済の専門家である。委員会はこの委員を主体に中国に関する特定のテーマにその時期、その時期に合わせて焦点を絞り、討論し、研究する。

 委員たちはアメリカ政府の国務省やCIA(中央情報局)などの情報を利用するほか、独自に中国にも出向いて調査を進める。その間にワシントンの連邦議会で公聴会を開いて、特定テーマを審議する。この公聴会にはさらに個別の領域の専門家が招かれ、詳細な証言をする。討論は中国のサイバー戦略、宇宙の軍事利用からアメリカ企業の中国での振る舞いなどにも及ぶ。

 私はこの委員会の活動をその誕生の2001年からフォローしてきた。その活動のキメの細かさには驚嘆されることも多かった。一度は中国の石炭の炭鉱で大規模な労災事故が起きた際、アメリカ企業が関与しているか否かの詳細な探究があった。そのために中国の石炭産業に詳しいアメリカ側の専門家が各地の大学や研究機関から呼ばれて集まり、証言をするという展開に、アメリカ側の中国研究者層の厚さ、広さに驚かされた。

 この米中経済安保調査委員会の活動の結果は原則としてすべて公表される。毎年の年次報告書は数百ページにのぼる情報の宝庫となる。私はそのうちの2008年度の年次報告書のおもしろい部分を集めて、翻訳し、日本で単行本として出版したこともある。『アメリカでさえ恐れる中国の脅威!』(ワック株式会社刊)という書だった。内容はアメリカ側の調査による中国の軍事ハイテク取得、国家ファンドの戦略的利用、サイバーや宇宙の軍事利用などだった。同委員会は要するに経済と軍事の融合するそんなテーマを追及していたのだ。

 第三は「中国に関する議会・政府委員会」という組織の活動である。

 この組織もその名称どおり、アメリカの議会と政府とが一体になって中国に関する調査を進めるという目的の公的機関である。

 ただしその主目的は中国内部の人権の状況と法の支配の状況を調べて、アメリカ側の対中政策の指針にすること、だとされている。中国の軍事動向の調査とはやや異なるわけだ。だが中国の現実を知るという意味では趣旨は同じだといえよう。

同委員会はふだんの活動の舞台はアメリカ議会である。その委員会の共同委員長には民主、共和両党の有力議員が就任し、超党派の調査活動を進める。その調査には行政府である政府の国務省、商務省、CIAなどの専門家も加わり、中国の内部にいる情報源や国際人権団体をも利用する。議会での公聴会をも頻繁に開く。

この中国に関する議会・政府委員会は中国側で新たな人権弾圧の事例が表面に出たような際に、とくに敏速に反応する。なかでも一貫して提起してきたのが天安門事件での中国当局の弾圧だった。毎年、事件の記念日の6月4日が近づくと特別の公聴会を開いてきた。

私の傍聴したこの公聴会の主役は天安門事件で当時、民主化運動の指導者として活動し、その後の弾圧を逃れて、海外に避難したウーアルカイシ氏周鋒鎖氏だった。彼らが証人として登場し、当時の天安門広場での弾圧から中国当局によるその後の長く、むごい民主化運動抑圧の実態をなまなましく語るのである。

同委員会は中国当局のチベットやウイグルでの人権抑圧に対しても公聴会を開いて抗議を表明してきた。とくにチベット問題ではチベット人の人権保護の国際組織を代表する有名な映画スターのリチャード・ギア氏が何度も公聴会に招かれて、雄弁な証言をしていた。

中国に関する議会・政府委員会も特定な法律に基づき、2000年に設置された。その日常の活動は毎年、膨大な年次報告書にまとめられ、公表される。その内容は中国当局による各種の人権弾圧の実態報告と、アメリカ当局がその実態にどう対応すべきかの対中政策への勧告だった。

 以上のようにアメリカでは行政府と立法府の両方が公式に中国政府の行動を監視し、報告しているのである。すでに確立された制度なのだ。しかもこの監視の態勢はアメリカの歴代政権が中国に対して正面ではまだ関与政策と呼ばれる友好に近い姿勢を保っている期間からすでに築かれてきたのだ。この点はアメリカ側の中国に対する長期の不信とか警戒の結果だといえよう。

 日本もこうしたアメリカの制度を少しは参考とすべきである。

(つづく その1その2その3その4その5その6その7その8

トップ写真:中国北京の天安門広場で2021年7月1日に共産党100周年を記念する式典での人民解放軍の軍楽隊。

出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images





この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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