YouTuberの落日 オワコン列伝 最終回
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・昨今YouTuberの影が薄くなりつつあるらしい。
・収益が10分の1もしくはそれ以下になり、事業縮小を余儀なくされるケースも。
・YouTuberの生活が苦しくなったのは自業自得の側面があるし、「インフルエンサー・バブル」が崩壊したに過ぎない。
冒頭から恐縮ながら、ひとつ訂正を。
さほど重大な案件でもないと思うが、当連載ではしばしば、他人様の事実誤認や論理の破綻を指摘することもあるので、ブーメランは御免こうむりたい。
昨年末、キックボクサーのぱんちゃん璃奈こと岡本璃奈容疑者が、人気格闘家のサインを偽造してネットオークションで売りつけたとして、詐欺容疑で逮捕されたが、その際、1週間以上も釈放されたとの報道がなかったことから、私は、
「検察が勾留を認めているわけで、おそらく相当厳しく余罪を追及されているのだろう」
などと書いた。しかし、当人が2月17日に自身のチャンネルで配信した謝罪動画によれば、逮捕翌日には釈放されたが、捜査継続中であったため人前に出られなかった、とのこと。
有名人が逮捕されたとなると、報道陣が警察署まで詰めかけ、釈放と同時に「謝罪会見」が行われるのが常なので、それがなかったということは……という私の早合点であった。
お詫びして訂正させていただきます。
当該の動画ではまた、被害者には直接会って謝罪してきたとのことで、
「こんな私を許してくれたばかりか〈またリングに上がる姿を見せてください。応援してます〉と励ましの言葉までかけていただきました。本当に感謝しています」
とも語っていた。よかったね、という話では無論ないけれども、格闘技ファンには、実は心優しい人が多いことを再確認させてはもらえたし、そうしたファンの思いを今度こそ裏切らないよう、しっかり立ち直ってもらいたい。
彼女はYouTuberとしてもそこそこ有名で、メイドさんのコスプレで格闘技のジムに体験入門したり、私など「リングに上がる姿」より楽しみだったし。かしながら、こうした「不謹慎な」動画は、今次のことで、当分は見られなくなりそうだ。
それでなくとも、昨今YouTuberの影が薄くなりつつあるらしい。収益が10分の1もしくはそれ以下になり、家賃の安い部屋に引っ越したり、事業(会社組織にしているYouTubeも結構いた)縮小を余儀なくされるケースが後を絶たないと聞く。
原因について世上よく言われるのは「飽和状態になった」「そろそろ賞味期限切れだ」このふたつである。
飽和状態というのは2020年前後から言われ始めたようで、やはり新型コロナ禍が関係していると見て間違いない。
行動制限によって、ライブからTVのスタジオ収録まで、仕事がままならなくなった芸能人が、雪崩を打ってYouTubeに参入したため、チェンネルが乱立し、フォロワー(ファン)が分散してしまった。あの矢沢永吉までが、
「今カネないからYouTubeでもやろうかな」
などと言って、本当にチャンネルを立ち上げたほどだ。永ちゃん、俺も登録してるぜ……という話ではなくて、もともと知名度のあるミュージシャンや俳優、アイドルなどのチャンネルは、短期間のうちに数十万、中には100万を超す登録者(=フォロワー)を獲得してしまう。
この結果、広告収入や企業とのコラボの仕事も、既存のYouTuberたちから芸能人の手に移るケースが多くなった。
これはご存じの読者も多いだろうが、YouTuberの収益とはもっぱら広告収入で、動画再生回数1000回につき、400~600円の収益が見込めるとされている。
間をとって1回0.5円とすると、100万回再生されれば50万円。年間に何本動画を投稿できるかにもよるが、たしかに一攫千金も可能である。
このようなサイトを運営している人をインフルエンサーと呼ぶが、そのものズバリ「影響力のある人」ということだ。
マーケティング業界では、フォロワー数が100万人を超えるような人を「メガ(もしくはトップ)インフルエンサー」と呼び、10万人以上なら「ミドル・インフルエンサー」、1万人以上10万人未満は「マイクロ・インフルエンサー」と呼ぶ。
そして1万人未満はゴミ……というのは嘘で「ナノ・インフルエンサー」と呼ばれる。
こうした区分にどういう意味があるのかと言うと、広告の単価にも「格付け」があるためで、大手広告代理店の関係者から、私が直接聞かされたところによると、前述の再生数1回あたり0.5円という見積もりは「いささか甘い」そうである。
「0.07円から0.5円以上まで、ピンからキリまであるのが現実」
で、フォロワー数が1万人そこそこだと、収益と言っても「年収換算で48万円くらい」とか。それは月収ではなく年収か、と思わず念押ししてしまったが、月収4万円では、もはや生活保護水準を下回るワーキングプアどころか、本業を別に持つか親がかりでもない限り食べて行けないだろう。
こうした現実が、前述の「賞味期限切れ」という下地を作ってしまったと見る向きも多い。
具体的にどういうことかと言うと、再生数の多寡が収益に直結するシステムであるため、なにがなんでも再生数を増やさなければ、となる。
そうは言っても、人間そうそう面白いことを次から次に思いつくものではない。現に私も、ある若手女優のherチャンネル(これで分かる人には分かるところが怖い笑)を登録していたが、マンネリに我慢ならなくなって、昨年ついに登録解除してしまった。裏切り御免。
前述の、インフルエンサーと称される人たち、すなわち有名YouTuberのチャンネルは、一度も登録したことがない。オススメに出てきたり、ネットニュースで話題になった時に、幾度が目にした程度だ。
話題になる動画とは、批判的なコメントが殺到して「炎上」したケースが多いのだが、それでもなんでも再生数が稼げればよし、という「炎上商法」や、法の規制をも無視した「迷惑系」と呼ばれる人たちが現れた。
こうなると運営側としても、コンプライアンス的に問題がある動画は削除したり、収益を剥奪する、という処置をとることとなる。その結果、毒にも薬にもならない動画ばかりになってきた、との評価も出て「賞味期限切れ」を補強する構図になっているようだ。
私など、迷惑系の一体なにが面白いのか理解に苦しむのだが、世の中には刺激を求め、事あれかし、と考える人たちが一定の割合で存在することまでは、さすがに否定できない。
中には、当人が迷惑行為だと自覚していないケースまである。
シリーズ第2回で取り上げた、回転寿司店スシローでの迷惑動画騒ぎの直後に、さるYouTuberが上げた動画の内容を知って、まず唖然とした。
前述のように、この手の動画はほとんど見ていないので、あまりに偏った情報になりかねないため名前は出さないが、仮に「シャッチョさん」と呼んでおこう。
そのシャッチョさんだが、回転寿司店に「パトロール」に行ったそうで、要は迷惑行為が行われないかどうか、店内に目を配りつつ寿司を食べる様子を動画に撮ったのである。
呆れてものが言えなかったが、ネットニュースで「さすが!」「自分もパトロールに行ってきます」といった賞賛コメントが数多く寄せられたと知るに及んで、
「バカだなぁ、バカだなぁ……」
と、昭和の歌姫・藤圭子(若い読者のために一言添えておくと、宇多田ヒカルの母上である)のヒット曲の一節が、つい口をついて出てしまった。
前にも述べたが、回転寿司を訪れる客の圧倒的多数は、普通に食事を楽しんでいるだけである。そこに、他の客を疑いの目でじろじろ見るような手合いがいたら……これもこれで迷惑行為だと私は思うし、控えめに言っても「贔屓の引き倒し」だろう。
とどのつまり、YouTuberの生活が苦しくなったというのも、語弊を怖れずに述べれば自業自得という側面があるし、そもそも論から言うなら、人気を博せば都心のタワマンに住んで高級車を乗り回し、一流芸能人気取りの振る舞いができるという「インフルエンサー・バブル」が崩壊したに過ぎないのだ。
サッカー、将棋、歴史など、専門知識を生かした動画を上げている人たちは、メガ・インフルエンサーにならなくとも、書籍化したり、きちんとした結果を出している。
たとえマニアックだと言われようが、このように地道な仕事をしているYouTuberたちは、今後も応援し続けたい。
トップ写真:韓国レストランで料理の味をレビューする女性(イメージ)
出典:photo by whitebalance.oatt/GettyImages
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。